ワンダーな未知との出会いの旅ガイド

  • 対岸から江戸〜東京を眺める街・館山

    今日は勝浦を出発し日蓮聖人生誕地の安房小湊から、シーワールドのある鴨川を通り過ぎて、外海の海岸線をひたすら走り、東京湾の表玄関である館山に向かいます
     館山は約30年ぶりですが、東京から神奈川・千葉にも広範囲に残る関東大震災の取材が今回の訪問の目的の1つです
    その大きな地殻変動や災害の遺跡がここ館山に残っているとの事、館山を含む震災の記事はこちらです
     震災の取材と並行して訪れたのが、『南総里見八犬伝』でその名を知られた房総里見氏の歴史遺産
    房総里見氏は室町時代に鎌倉公方の要請で千葉に移り、勢力を拡大しながら上杉家や小田原の北条家としのぎを削った戦国大名でした
    徳川幕府の時代になると将軍のお膝元・江戸の至近距離に、館山を本拠地に東京湾を牛耳る水軍を持つ外様大名の里見氏は、あまり好ましくない存在と思われていたようです
     1614年、謀反の罪を告発され鳥取へ国替えを命じられ、1622年お家再興の夢も空しく、最後の君主里見忠義は29歳の若さで病死しました
    房総里見氏は断絶となり、8人の家臣が主君の死とともに切腹したといわれています、江戸の戯作者・滝沢馬琴はこのエピソードの忠義心に感銘を受け、それがきっかけであの『南総里見八犬伝』の創作へと開花していきます

    復元された館山城
    今は東京を遠望できる天守閣からの眺め

    今夜は旅館で和食なのでお昼は地元イタリアンで軽くランチです、海岸線ギリギリの場所にある『オステリア ベッカフィーコ』
    店内はJAZZが流れていて、夜はイタリアンとお酒を楽しめるお店です

    パスタ・リゾット・ピザと定番メニューも豊富
    ミックスサラダとフォカッチャ
    地魚のパスタ オイルベース
    イカスミのスパゲッティ

    パスタはどちらもしっかりしたアルデンテの麺に、スパゲッティソースがしっかりとからんでいて海辺のシーフードを味わえます

    今日の宿はホテル洲の崎『風の抄』、房総半島の突端にある洲埼灯台から歩いて行ける場所に有ります、全て畳敷きでスリッパを履かなくても歩ける配慮が嬉しいです

    チェックインの手続きは海が見えるロビーで
    お部屋は『梅東風』・ダイニングも広々
    リビング・寝室共に床暖房が、寒い季節は有り難いです

    近年増えている和室にツインベッドは、どんなライフスタイルでも居心地良い空間なので、旅の宿を探す時なるべくその条件で検索したらこちらにたどり着きました
     ほとんどのスペースがバリアフリーなのも高評価過です

    夕日の絶景スポット、徒歩10分の洲埼灯台へ
    夜の灯台ライトアップ・季節柄クリスマスキャンドルの様です

    お待ちかね、ディナータイムはお部屋で頂きます
    前菜はブリのグリル・フォアグラのパイ・帆立と春菊のお浸し

    温前菜はカブのリゾット・ 海老茶碗蒸し

    地魚の舟盛り、伊勢海老を中心に左からイサキ・金目鯛・アオリイカ・平目・カンパチ、全て活きが良いです

    帆立と肝ソースの陶板焼き、グラタンの様な味わいの中に、しっかりと帆立の出汁が効いています

    柚子釜・蟹真薯 湯葉とフカヒレ

    チョイスメニューは伊勢海老と国産牛と蒸し鮑の三択から選べます

    蒸し鮑をチョイス

    鰆と季節野菜の南蛮漬け

    釜炊きの鯛めしと漁師汁、どちらも海の恵みを感じる美味しさ

    デザートが柚子のチーズケーキとピーナッツのお汁粉

     フカヒレ等も館山産なので、ほぼ海のものは近海で水揚げされたと思われます、最近のトレンドなのでしょうか、会席料理の中に時々フレンチやイタリアンのレシピが織り込まれるスタイルで、意外性が楽しいです
     最後の千葉県特産のピーナッツをお汁粉で頂くのも面白い趣向でした

     朝は海辺の旅館らしい和食、急ぎの旅ではないのでゆっくりと朝食を頂いて、ギリギリ迄部屋で寛ぎました

    みそ汁の中に昨夜の伊勢海老がダイブイン
    目の前は小さな漁港、新鮮なお魚を届けてくれます

     東京へ帰る前に『洲崎神社』へ、神武天皇の御代に勅命により房総半島の開拓の拠点となり、石橋山の合戦に敗れた源頼朝が再起を祈願し、里見氏からも寄進を受けた由緒ある場所

    帰り道に立ち寄った海ほたるは、東京湾を隔てて左右対岸の風景があまりにも違う分岐点です
    東京・横浜の湾岸エリア方面は、無数の建物と羽田にせわしなく離発着するカモメのようなジェット機を見上げ、その後ろの展望デッキに行くとほとんど手つかずの海と山が広がる千葉を望めます
    アクアラインを走ればたった30分、東京・神奈川とは違う何処か懐かしい、昔の日本へタイムスリップしたような場所に辿り着けます、これからもっと千葉の魅力を知りたいと思った旅でした

    海ほたるから東京・神奈川のベイエリアを望む

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  • 人生の静寂と房総の幸を味わうフレンチグルメ

    勝浦は2010年代、『勝浦タンタンメン』でB-1グランプリの常連、2015年には全国大会でゴールドグランプリを受賞、400年以上の長い歴史のある朝市や、壮観なひな壇と合わせて街興しの名物になっています

    数年前来た時のひな壇

    私達は朝市での食べ歩きが楽しみなので、ホテルを素泊まりにして朝から街へ繰り出します

    夕日のように見える朝日の中、ちらほら人が集まってきています
    海産物や地元の野菜に混じってケーキ屋さんも
    絵本屋さんまで
    やはり有ります、タンタンメン

     こちらの「いしい」は何でも美味しいのですが、朝から辛いものが食べられない人は、普通のラーメンもオススメです
     今日は漁港近くの『魚水』でモーニング!?です、普通の魚屋さんに見える店舗の奥は、そこそこ席数のある食堂になっていて入口で注文して席に着きます
    朝早く食事に来ているのは観光客だけでは無く、地元の漁港や朝市で働いている人が多いような印象でした

    インテリアが大漁旗なのが港町らしい

    それぞれマグロとブリの漬け丼を頼みました、ライスの量は多めさすが魚の鮮度は抜群です

    店先で豪快にお魚を捌いています

    朝食の後はやはり朝市の中のコーヒーショップへ、とても丁寧に淹れてくれるので、時間はかかりますが待つ価値のある一杯です
    コーヒーの出店前で近代的な七輪で焼かれている干物を、朝市のお仲間でつまみながら談笑している風景も、都会では見られない味わいが有りました

     午後のランチはこちらも数年前に出会った勝浦の名店『シェ・コデラ』へ、とても分かりにくい場所ですが電車の狭い高架下をくぐり抜けて、坂道を登ると房総の海を眼下に望む高台にお店が有ります

     小寺シェフは岡山の有名フレンチで腕を振るっていて、奥様の希望で那須高原へ移住、寒さがこたえて来たので暖かく海が見える場所を探して勝浦に辿り着いたボヘミアンシェフ
     予約があったらお店を開ける半リタイアのような状態でしたが、最近2階のお部屋を改装して、1日一組のオーベルジュも始めたらしいです

    和室にテーブルの宿泊ルーム
    クリスマスモードの店内

    前菜は茄子のプロヴァンス風、ソテーした茄子に勝浦のアサリや野菜のソースがたっぷり注がれて、海の青さを眺めながら頂くと気分は南フランスです

    テラスから望む勝浦の海

    スープはゴボウのポタージュ、サラッとしたスープをスプーンで口に入れると、まろやかなミルクの中に尖ったゴボウの風味が後から感じますが、この意外な組み合わせもなかなかの味わい

    メインは予約時にお魚 or お肉と聞かれますが、やはり土地柄で海の幸がオススメです、出されたのはアイナメのムース仕立て、付け合わせの野菜はマッシュポテト・椎茸のピザ・ブロッコリーのオイルサーディンペースト・人参のラペ

    デザートはサバイヨンソースのクレープとバニラアイス、日頃糖質制限でデザートを果物に変更するのですが、シェフ一押しのサバイヨンソース、今日は遠慮なく頂く事に
    卵黄とお酒・砂糖・レモンで作る甘くクリーミーなソースをかけると、クレープがしっとりとして何枚でも食べられそうです

    最後の飲み物は、コーヒーや紅茶では無くやはりシェフオススメのミントティー、一時フランス領だったモロッコ等の北アフリカの国民飲料で、多めの砂糖を入れて食事の度に何杯も飲むのだとか
     サハラ砂漠に隣接した暑い地域のなので、清涼感と甘さで水分補給をする生活の知恵のようです

    最後のミントティーはそれぞれの地域や家庭で淹れ方も様々で、日本の茶道の様に作法も有る生活文化、1日3度蒸らす時間を変えて異なる味わいを楽しみながら飲むことが多く、下記の格言が良く知られているそうです

    Le premier verre est aussi amer que la vie,
    le deuxième est aussi fort que l’amour,
    le troisième est aussi doux que la mort.

    一番煎じは苦いこと人生の如く
    二番煎じは強いこと愛の如し
    三番煎じは死の如く穏やかである

    葛藤の多い青春時代から青年期
    仕事や家族の為に全身全霊で生きる壮年期
    穏やかに人生を振り返る老年期
    のような人生訓を格言から読み取ってみましたが、皆様如何でしょう

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  • 自らの健康を作り出す発酵熟成の和食

    日本は今年の漢字にもなった『熊』騒動に揺れた1年でしたが、そのあおりで観光客が増えたのが千葉県です、山がちな地形ですがそれほど高い山が無く、『熊』が生息するには難しい環境で、東京から近い事もあって近年人気が出ているとか
    私達は数年前勝浦へ旅行に行く機会があった事で、余りメジャーな観光地ではないと思っていた千葉県が海山共に食材の宝庫で、それぞれ工夫されたグルメなお店が多数点在している事に驚き、年に1回のペースで訪れています
    その中でもこちら『蔵精』は昔大多喜駅の近くにあった時から、旅行の行き帰りに必ず立ち寄らせてもらっているお店です
    新しいお店は市原市の高滝湖のほど近くにある、『ミュアヘッドフィールズ』という、古民家レストランを中心にコテージ風のホテル、カフェ、マーケットの集合施設の一角に有ります

    急な坂道を下りて小さな橋を渡った2階が店舗です
    シンプルな店内、窓の外は柿や野菜が干してあります

    後で聞いてみると、野菜を干すと水分が抜けて旨味が凝縮されるそうで、こちらの野菜が美味しいのはこういう一手間のお陰です、今日は季節のランチコース予約
    飲み物も既に『蔵精』ならではのこだわりが
    私は貴重な山ぶどうを3年間真空で熟成させた果汁100%ジュース、主人は自家栽培のお米、さつまいも、素粒水だけで作った御神酒の原点の乳酸発酵飲料水、自家製ミキ、1ccに約一億個の乳酸菌が入っているそうです

    山ぶどうは酸味が抜けたまろやかな味わい

    先付は温められたもみ殻の中に入って運ばれて来ました、確かにただ温めるよりも優しい温もりが持続するようです

    先付は蓮蒸し、蒸した蓮根と出汁の効いたあんかけの調和が素晴らしく、定番の銀杏に千葉の特産ピーナッツが添えられているのも新鮮です

    前菜は向かって左の陳皮(漢方薬の材料にもなる柑橘類の皮)を干して、お煎餅の様に食べます
    その他キノコのおろしあえ・キクラゲの山葵添え等、多分近くの秋の里山で収穫されたと思われる食材を、出汁や昆布という和の味付けの王道で丁寧に調理されています

    メインは野菜の陶板焼、様々な地物野菜の下にこだわりの味噌と海老芋のペーストが隠れていて、野菜はそのままでも、ペースト状の味噌と一緒に味わったりといろいろ楽しめます

    お食事はきのこのせいろ蒸し、玄米に秋の味覚がしっかりと染み渡っていて、長期熟成の味噌汁と頂くと和食の素晴らしさを再確認します

    最後は焼き柿と安納芋、素材の甘さだけで完成させたデザートです

    化学調味料、白砂糖、小麦粉、乳製品不使用、精進料理に近い和食ですが、夜のコースには魚やジビエも取り入れて、絶対菜食主義ではないようです
     お食事が終わった後、料理長さんが挨拶に出てこられたので、プロフィールを聞くと、お店を開く前はニューヨークの『なだ万』で修行をしていたとの事、開業当時は天ぷら等の和食メインだったそうですが、旨味を感じやすい油分やお肉に頼ることなく、素材の味を引き出すための料理
    方へシフトされたとか
     今のお店のコンセプトは身体の弱かった奥様が、自分の健康のために食事を工夫し始めた事がきっかけで、健康に良い料理を試行錯誤しながらお二人で作り上げたレシピだそうです
     そのお陰で今はとても元気になられたとの事、夫婦愛溢れるエピソードでした

    和洋中とどの食事の後でもコーヒー党の私達は美味しいコーヒーが飲みたくて、勝浦に車を走らせます、田んぼから少し入った普通の住宅のように見える建物が『とき々堂|Tokidokido』
    基本週末+ときどき営業(インスタで告知)なので、店名にもなっていると店長さんから聞きました

    店内では陶芸等のワークショップも開催されるようです
    こちらで1カップずつハンドドリップで淹れてくれます

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  • 関東大震災を学ぶ

    東海道線根府川駅は、相模湾に面した標高45mの風光明媚な駅です。大正12年9月1日、ここは開通したばかりの熱海線の駅でした。この駅に差しかかった下り列車は、関東大震災となる大正関東地震の激しい揺れに襲われて非常停車しましたが、地震が引き起こした土砂崩れでホームもろとも流されてしまい、最後尾の2両を残して客車6両と機関車が海の中に沈みました。死者は110人とも130人とも言われています。また、付近の白糸川の河口付近の集落は、山からの土砂と海からの津波によって壊滅しました。激しい揺れは各地に大きな土砂崩れを引き起こしました。

    風光明媚な根府川駅
    根府川駅にある関東大震災慰霊碑

    この地震は、首都直下型ではなく海溝型です。相模湾を中心とした震源域、マグニチュード7.9と推定されています。高い津波があっという間に伊豆半島、相模湾沿岸、房総半島などを襲いました。
    当時日本一の高さを誇ったレンガ造り12階建ての浅草の凌雲閣は、地震の揺れによって8階で折れてその上が大破し、多くの死者を出しました。東京では堅固に見えた西洋建築の多くの建物が倒壊しました。その激しい揺れに耐えたのは、辰野金吾博士が設計して震災の9年前に完成した、赤レンガの東京駅舎でした。辰野博士は、地震の多い日本では欧州の建築方法は通用しないと考え、レンガに鉄筋を埋め込んだのでした。

    復原された東京駅丸の内駅舎
    レリーフに飾られたドーム天井

    揺れの激しかった房総半島南部の被害は大きく、館山ではほとんどの家屋が倒壊しました。震災1年後に館山市腰越の延命院に建てられた碑には、「大きな震えに見舞われ、山は崩れ家屋は悉(ことごと)く倒れ、人が死に負傷した。天皇陛下は御下賜金を賜いこれを救った。」と記されています。

    館山の見物海岸。上段が元禄地震、下段が大正関東地震による隆起
    関東大震災の記録を伝える館山市立博物館の企画展

    関東大震災は10万人を超える死者が出た大災害ですが、死者の9割以上は火災によるものでした。

    両国駅(当時は両国橋駅)北方にあった陸軍被覆廠は震災前年に移転し、そこは広い空地になっていました。地震が起こり多くの人々がここに避難しました。そこへ火災旋風が襲い、避難者たちが持ち込んだ家財道具などに着火し、台風の影響による強風に煽られて火の海になってしまいました。被服廠跡地で3万8,000人もの命が奪われました。

    両国の回向院
    回向院境内にある関東大震災碑

    神田和泉町・佐久間町の住民は、川の水をバケツリレーで運んで建物に水をかけ、燃えやすい建物を取り壊すなど、協力して必死に消火・防火作業を行ったため、広範な被災地域の中にあって島のように町が残りました。この話は紙芝居になって語られましたが、戦争中にこの紙芝居が教材として使われたため、戦後は忘れられました。
    昭和5年には陸軍被覆廠跡に横網町公園が開園し、震災慰霊堂が建てられて遺骨が収容されています。また翌年には関東大震災とその復興を後世に伝えるための復興記念館が完成しました。その後戦災による身元不明の遺骨を合祀する形で慰霊堂は「東京都慰霊堂」と改称され、復興記念館とともに当時の悲劇を現在に伝えています。

    東京都慰霊堂
    東京都慰霊堂内
    東京都復興記念館
    東京都復興記念館の展示

    東京都復興記念館
    東京都墨田区横綱2-3-25
    電話: 03-3622-1208

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  • 富士が浮かぶ群青の伊豆の海

    旅行2日目は秋色の箱根からご褒美ステイ先の『富嶽群青』へ、伊豆にはよく訪れますが、熱海・伊東・下田のある東海岸ばかりで西伊豆に泊まるのは初めてです
    夜はフレンチ会席と決まっているので、移動途中の沼津で夜と被らない地元イタリアン「コンレマーニ」で簡単パスタランチ

    しらすとブロッコリーのオイルパスタ
    マッシュルームとほうれん草のクリームパスタ

    沼津からホテルに向かう途中、最近ゴールドの高騰でニュースにも取り上げられた土肥金山に立ち寄りました
    土肥金山は室町時代から発掘が始まって、徳川家康の江戸時代に本格的に開発され、一時は海岸の狭い場所に『土肥千軒』と言われるほどの賑わいを見せます
    佐渡金山に次ぐ2番目の産出量で、小判に代表される江戸時代の金貨として、当時の貨幣経済を支えました

    土肥金山坑道の入口
    総延長100キロもあったそうです
    当時女性も働いていたのは驚きでした

    土肥金山の話題はギネス認定されていた250kgの巨大金塊の展示、以前はお金のご利益が有るようにと触れる事も出来たのですが、時価約44憶を超えることもある「金塊とのふれあい」は、盗難に備えた保険料の高騰や安全上の懸念から2025年7月末で展示を中止、模型だけが置かれています
    長らく世界一の金塊でしたが、2024年ドバイで300.12kgの金塊が展示され世界一の座を明け渡してしまいました
    栄枯盛衰の土肥金山ですが、その役目を終えて現在は観光地として賑わい、この地の人達に今でもお金!?で貢献しているようです

    チェックイン前にもう一つこちらは日本一という場所へ立ち寄りました、日本一があるとは思えない一見地味な本堂に、高さ5メートル重さ3トンの“ダルマ座像”が安置されています

    本尊の達磨大師、優しげな仏像には無い気迫

    達磨さんのマスコットで親しまれている中国禅宗の開祖である達磨大師、ユーモラスなお顔と違ってその人生は苛烈で波乱万丈、お堂にはインドの王族に生まれ釈迦の再来と謳われた前半生から、西暦520年中国に渡り布教と座禅に明け暮れ、最期は対立していた僧の毒により亡くなるまでが墨絵と文章で語られていました
    不屈の人生にあやかって七転び八起きのシンボルになったご本尊、これからのシニアライフの健康長寿を祈願しました

    生憎の雨の中『富嶽群青』に到着です、全8室スィートルーム、その全ての部屋から世界遺産を眺めながら贅沢な時間が過ごせます
    2024年に新たに創設された「ミシュランキー」は、レストラン星と同じホテル版の指標として誕生、特に優れた滞在体験を提供するホテルに授与される評価です
    2年目を迎えた2025年10月8日にパリで開催されたミシュランガイドの発表で、『富岳群青(ふがくぐんじょう)』はレストラン評価の一つ星に相当する1ミシュランキーを受賞しています
    予約したお部屋は『波の風(なみのふ)』、今日は曇っていて霊峰を望めませんが、明日に期待して美食と温泉を楽しむことに!

    お食事処はフロントの横、お部屋の名前を伝えるとそれぞれ個室に案内されます

     今日のコースのコンセプトは『大地と潮の薫る旬菜な味覚の奏膳』、こちらは自家農園と漁船を所有する網元の顔も持つ当ホテル、食材を可能な限り自給自足している経営姿勢もミシュランに評価されたポイントかも知れません

    先ずはアミューズ、カリフラワーのブランマンジェ・ズワイ蟹・キャビア・コンソメジュレ
    主張し過ぎない旬の素材カリフラワーに、やはり季節の蟹を合わせたあっさりとしたスタートの一皿

    前菜は土肥の原木椎茸とフォアグラのテリーヌ バルサミコソース・蜜柑・胡桃サラダ・ブリオッシュを添えて
     伊豆は椎茸狩り等の看板が目に付くきのこの山里、肉厚で旨味の濃い椎茸とフォアグラの組み合わせが美味、ブリオッシュの軽さが前菜にぴったりです

    フレンチ会席なので次は御造りの登場、向かって右がハギの薄造り、キモを添えてスダチやこねぎと頂きます
    向かって左が本鮪と地魚2種、山葵も塩も地元産、安定の美味しさです

    魚料理は、地元伊勢海老・鮟鱇(あんこう)・牡蠣のブイヤベース
    素材の味を楽しめるようスープの味はサフランが効きながらも控えめな感じ、自宅でこの食材のブイヤベースは作れません、料理長さん、有り難うございました

    肉料理は白糸牛フィレステーキ トリュフソース 地元野菜のロースト
    富士の名水と山裾に広がる牧草地で育てられた白糸牛はとても上品な味わい、甘みや苦味のある地元野菜と一緒に食べると様々な味に変化します

    お食事は和に戻ります、浜名湖鰻白焼き茶漬け
    最初はそのままで、次に出汁や薬味と一緒にひつまぶし風に頂きます、白焼きとご飯の組み合わせは珍しいですが、とても美味しかったです

    前もってデザートを果物に変更希望を出しておいたので、ハーブティーと一緒に

    次の朝、達磨寺参拝のご利益があったのか晴れてくれました、群青の海の上に白い雪をかぶった富士山が拝めるのは、西伊豆海岸を訪れた人達の特権です

    6︰36分 暗闇に紛れていた山の姿が現れてきました
    6︰42分 ほんの数分で雪の頂きがはっきりと
    6︰49分 朝日を浴びて神々しい霊山

    朝食までの時間、ホテルの裏山を登って行くともっと素敵な御姿を見せてくれました、先日北斎美術館に行ったので、ここからのアングルの富嶽三十六景を探してみましたが見当たりませんでした、まさしく唯一無二の海に浮かぶ富士の姿がここに有ります

    歩き疲れた後は和の朝食、品数が多いと思いましたが早朝の富士見ウォーキングの後でしっかり完食

    食後の珈琲タイムはお部屋のウッドデッキで、富士を観ながらとにかく贅沢な一刻

    帰り際主人が部屋の露天風呂にお盆とお酒を浮かべて飲めたら最高の気分だろうなぁと、如何にも昭和のお父さんの様な事を言ってましたが、半島全てが温泉地の伊豆、『富嶽群青』のお湯も最高でした

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  • 錦秋の箱根で和洋のオーベルジュ

    最近11月後半は何処かに紅葉を見に行くのが毎年の恒例になっていて、今年は箱根での紅葉狩りです
    洗練された京都の紅葉も素晴らしいですが、高低差のある箱根の山に点在するように広がる錦秋の風景も違った趣が有ります

    箱根湯本天成園・緑〜紅へのグラデーションが見事です
    飛烟の瀧と紅葉
    縁結びの玉簾神社・ハートの絵馬が微笑ましい

    今日のランチは仙石原のオーベルジュ、『グリーンヒルズ草庵』へお邪魔しました、昼間は大涌谷の湯煙を見渡し、夜は仙石原の夜景が一望できるお気に入りフレンチレストラン。金時山から湧き出る自然水を利用し、日本風にアレンジしたオリジナルコース料理は、懐石盆と箸で楽しむという、和と洋の組み合わせがなんともユニーク

    湯本より標高が高い仙石原は晩秋の気配
    和風建築の店内
    窓から今年最後の紅葉がおもてなししてくれます

     ランチコースはプチランチコース・ランチコース・シェフのお任せの3つから選択、私達はランチコースをチョイス

    前菜・スープ・メインはお好みの料理を選べます

     スタートはアミューズから、既に十分のボリュームとそれぞれの料理に工夫が有ります
    手前から右回りに秋に脂がのるメヒカリのフリット・サクッとした美味しさ→鯖のスモークは香りと青み魚の食感がマッチ→和の食材ミョウガと蓮根のピクルス・酸味で一度クールダウン→イタリア的なトリッパのトマト煮込みでフレンチから少し脇道へ→ブルーチーズとクルミのパイ→真ん中のコロッケのホクホク感が実りの秋を感じさせます

    和洋の食材で良い旅をさせてもらった様な一皿
    パンは軽めのバケット
    お伴はポークリエットとオリーブとケッパー

    前菜はそれぞれ違うものを選択、秋刀魚と里芋という和食で馴染みのある素材が、個性的なフレンチになるのがシェフの腕、つぶ貝はエスカルゴよりも歯ごたえがあって、地元きのことの相性が抜群、秋の味覚の組み合わせはどちらも間違いない美味しさです

    秋刀魚と里芋のテリーヌ
    きのことつぶ貝のバターソテー

    スープも秋らしいキクラゲとポルチーニのポタージュ

    メインもそれぞれ違うものを選択、牛ホホ肉は10時間以上煮込んでいるので柔らかく、カシスの酸味と甘さのバランスがとてもGood
    金目鯛は脂の乗った白身と白ワインのソースがとてもフィットしていました

    牛ホホ肉の赤ワイン煮込み カシス風味
    金目鯛と帆立の燻製 バンブランソース

    最後に焼きリゾット きのこのコンソメスープ仕立て
    焼きおにぎりの様なリゾットをスープで崩して味わう一品、お米への郷愁をラストに持ってこられると、料理スタイルの区分けは意味がなく美味しいと言う記憶だけが残ります

    デザートはイチジクのコンポート、シャーベット添え

    食後にチェックインまでドライブ、箱根の山は何処にでも秋の風情が溢れていて眼福の1日でした

    花と紅葉が共演する強羅公園
    西陽に照らされて輝く仙石原すすき野

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  • 神戸 港町旅情

    港の見える丘・異人館・中華街と共通点が多い神戸と横浜ですが、長く都があった関西の貿易拠点・神戸の歴史ははるかに古く、朝鮮半島に百済や高麗という王国があった時代から交易の経由地として栄えていたようです

     平安末期には日宋(当時の中国)貿易の拠点として整備され、その莫大な利益が『平氏にあらざれば人にあらず』と、天皇家を凌駕するほどの権勢を誇った平清盛の権力基盤になっていたとか

     1868年、幕末に神戸港として開港するとインフラの整備が進み、第一次大戦後は上海・香港・シンガポールと並ぶアジアの貿易港として発展を遂げた歴史が有ります

     この異国情緒あふれる港町を約80年の間に2つの悲劇が襲います、1つは第二次大戦中の神戸大空襲、もう1つは阪神・淡路大震災です、今回ブログを書きながら資料を読んでいて、野坂昭如氏がこの空襲の体験を書いた短編小説を元に制作されたのが、アニメ映画の名作『火垂るの墓』だと知りました

     若い頃震災前の神戸に旅行に来て、お洒落な街をただ楽しんだ思い出が有りましたが、その時以来の神戸は当時の面影を残しつつ、より逞しい街へと変貌した様な印象が有ります

     やはり震災でダメージを受けたとの事ですがあれから約30年、異人館ご三家とも言える『風見鶏の家』『萌黄の館』『うろこの家』も健在でした

    全て坂の上に有るのでどちらも素晴らしいハーバービューですが、とりわけ『うろこの家』は絶景が楽しめます、ただし坂道がとてもキツイので、心して登ってくださいね

     もともと坂の多い場所なのでタウン歩きも体力が必要、休憩も兼ねてグルメでエネルギーチャージ、インバウンドにも人気の神戸牛はディナーになると更に高くなるので、街歩きの途中にランチで楽しむ事に、多くのお店の中でも老舗の風格漂う『和黒』へお邪魔しました

    お店の説明にプライドが滲みます
    大半がインバウンド

    注文をすると直ぐに今日の主役が木のお皿に乗って登場しました、これから頂く前にしっかりと目に焼き付けます、ランチコースはスープとサラダ・デザート付き

    初めてお肉を美しいと思ってしまいました

    全て目の前で料理をしてもらえるので、お肉の香ばしい香りが漂って待ち遠しいです、絶妙な焼き加減で目の前のお皿へスライディング、このマンツーマンのおもてなしがステーキの醍醐味

    お皿には向かって右から黒胡椒・あら塩・マスタード、お好みでとの事ですが、先ずはシンプルにお塩で頂きたい、ん〜〜〜言葉が出ません、牧場の方々、お料理してくれたシェフ、全員に感謝感謝です

    その後は色々な焼き野菜が続いて、コースの終わりは最初に切り取って置いた脂身を強めに焼いて、その脂で野菜を仕上げる中華炒めのようなお料理でラストになりました、脂身が野菜にコクを加味してくれて、お肉の一片も無駄にしないコースの流れを見ているのも楽しい時間でした

    コースにドリンクが付いていたのですがここでは紅茶にして、コーヒー党の私達は神戸での思い出の1杯の為に別のお店に移動、戦後間もない頃極上の1杯をとの思いで、女性店主が始めた『にしむら珈琲店』へ

    私は1つの果実に1つの豆(通常は2つ)という栄養を凝縮したコーヒー豆、ケニア産の希少なピーベリーを注文しました、香りとコクがグルメの後味を爽やかに彩ります

    老舗感のある店内、スイーツも充実しています

    一度ホテルに戻ってチェックイン、再び夕食のため17時ごろ中華街へ繰り出しました

    横浜中華街・長崎新地中華街と並んで日本三大中華街の一つ神戸の南京町、東西270メートルのコンパクトな中華街で、見て回るだけなら1時間あれば十分だと思います

    通りの東の入口長安門から散策スタート、南京町のシンボルである長安門は日中両国の平和と友好を願って、貴重な大理石「漢白玉」に約100人の工程師が約1年半かけて、柱に無数の龍と雲の彫刻が施されています

    昼よりも夜の中華街はお店の照明が華やかで歩いているだけでも楽しい

    南京町名物は老舗中華料理店もありますが、なんといっても食べ歩きパラダイス、南京町がテイクアウトストリートになったのは1995(平成7)年の阪神・淡路大震災がきっかけ、ライフラインが停止して厨房が使えなくなったため、プロパンガスとポリタンクの水を使って点心のテイクアウト販売を行ったところ、それが評判を呼んで名物になったとか

    みんなが精一杯生活を立て直そうとした努力と知恵が、今は楽しい食文化の街を創り出し旅行者や地元の人で賑わっています

     私達は明日朝早く出発する予定で、ゆっくりホテル朝食を楽しんでいる時間がないので、焼き小籠包とビーフンの有名店『YUNYUN』のテイクアウトを朝食代わりに買っていく事に

    すでに行列ができてます
    大鍋で小籠包が焼かれます、数えようとして断念

    焼き小籠包と焼きビーフンを両方ゲットした後は、南京町で約50年の歴史がある広東料理の老舗『昌園』へ、神戸牛ランチの後なので軽めに頼んで主人と取り分けます

    老舗と言っても比較的リーズナブルな点心や定番の中華料理が中心、しっかりディナーでもおつまみとお酒という時でも、幅広いニーズに合わせてくれるお店です、頼んだのは店名物ゆば皮春巻き、空芯菜の炒め物、海鮮スープそば

    海老とお肉の両方がしっかり湯葉に包まれてます
    港町らしく魚介が全て大きくて美味しい

    次の日の朝、『YUNYUN』のテイクアウトで簡単朝食、食べ歩きに適したサッパリと食べやすい小籠包とビーフンでした

    今日は震源地となった野島断層の取材の為に淡路島へ、その詳細は主人がブログの記事にしています、今回の旅で実際被災した方と話す機会があり、日本には地震を免れる場所は何処にもない、自分達が無事でいられたのは運の良さだったと、でもその運を少しでも高めるために防災の知識と有効な対策が必要との事でした、改めて日々防災意識を持って生活していこうと気持ちを引き締めるきっかけになりました

     旅の終わりに訪れた淡路島の丘陵地帯に広がる『あわじ花さじき』で、復興を遂げた神戸の街を祝福するように色とりどりの秋桜が風に揺れていました

    遠くにうっすら明石大橋と神戸を望める絶景スポット

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  • 豊かな歴史のある修善寺で紅葉と蕎麦を楽しむ

    伊豆の修善寺は、弘法大師の開山と伝えられ、真言宗から臨済宗を経て曹洞宗へと変遷した寺院ですが、金剛界大日如来坐像を本尊とし、今も不動明王の前で真言密教の修法である護摩祈祷が行われます。

    修善寺温泉についての言い伝えによれば、桂川で年老いた父親の患部に川の水を掛ける親子を見かけた弘法大師が、持っていた独鈷で岩を砕いたところ、熱湯が湧き出たとのことです。「独鈷の湯」として名所になっています。

    独鈷の湯
    桂橋
    竹林の小径

    源頼朝が平氏から助命されて伊豆に流されて以来、修善寺は源氏との縁も深く、謀反の疑いで幽閉され殺された源範頼の墓のほか、北条政子が修善寺に寄進して建てられた指月殿の隣には、北条氏と比企氏との争いの中で非業の死を遂げた鎌倉第二代将軍源頼家の墓もあります。

    源範頼の墓
    源頼家の墓
    北条政子の寄進で建てられた指月殿

    夏目漱石は明治43年、病気療養のため修善寺温泉の菊屋旅館に滞在し、一時危篤状態に陥りましたが、その後帰京できるまでに回復しました。菊屋旅館は高台にある「虹の郷」の日本庭園に移築され、夏目漱石記念館として公開されています。

    夏目漱石記念館
    夏目漱石記念館の内部

    私たちは紅葉が盛りの11月下旬に修善寺を訪れ、車で15分くらいにある「浅草じゅうろく 修善寺はなれ」で昼食をとりました。浅草の名店だけあってこちらも人気店で、金曜日の昼、45分間外で待ってようやく店に入ることができました。蕎麦粉8割、小麦粉2割の弾力のある二八蕎麦から、2×8で「じゅうろく」の名前になったとのことです。ちなみに、江戸時代末期には、江戸や上方の蕎麦の値段は16文だったそうです。

    一般に現代の蕎麦は品種改良されて効率よく収穫できるものが使われますが、この店では、豊かな味と香りの福井県丸岡の在来種の蕎麦を使っています。また地元産の最高品種「真妻わさび」と胡麻のみを薬味に使います。わさびは、つゆに入れず蕎麦につけることで味や風味がよくわかります。また、天せいろの天ぷらは、肉厚の椎茸や厚切りさつま芋などを楽しみました。

    修善寺は歴史、文化、グルメの揃った、大変魅力のある街です。是非お出かけください。

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  • 秋の三連休 両国へショートトリップ

    都内でもあまり行ったことがない両国、今日は主人が以前から訪れたいと言っていた東京都復興記念館を見学するのが主な目的ですが、やはり旅気分も楽しみたい
     駅を降りて先ず『赤穂浪士討入』のまさに現場となった吉良邸跡に向かいます、吉良邸までの小路にも両国らしい名前が

    歩いて3分ぐらいで時代劇に出てきそうな塀が見えてきます、吉良邸は広大なお屋敷だったものが討ち入りの後没収されて、戦後地元両国有志の尽力で貴重な旧跡が維持される事になりました

    吉良上野介の御首級を洗ったと言われる井戸

    吉良邸跡地の中に本人が生前作らせた木製座像のレプリカが有りましたが、映画やドラマのような悪役顔ではなく、清和天皇の末裔らしく上品で優美な面立ちの人です
    実際愛知県にある吉良家の領地では、治水や塩業の発展に努め名君と慕われたそうで、もし当時現代のような裁判が行われたらそれなりの言い分があったかも知れません
    吉良邸の後は討ち入りで本懐を遂げた四十七士の集合場所となっていましたが、お寺が幕府をはばかって入門を拒否した回向院へ
    とてもスタイリッシュで現代的なお寺ですが大河ドラマ『べらぼう』の山東京伝や鼠小僧のお墓が有ります
    山東京伝は当時のベストセラー作家、おまけに絵画も得意で挿絵も自分で描き、後に小物販売店でも大成功をおさめる商才がありとても多芸多才な人だったようです
     そんな江戸後期の文化・芸術・商業を具現化したような人生でしたが、本人の希望で墓石には一般的に知られていたペンネームではなく本名の岩瀬醒(いわせさむる)の名前が刻まれています
     前もって調べていたので何とか見つけましたが、特別案内板もなく目立つお墓では無いのが逆に驚きでした、波乱に富んだ人生だったようなので、眠る場所は静かで安らげる場所をと考えたのかも知れません

    11月も終わりに近い薄曇りだったので、東京でもそこそこ寒さを感じます、やはりここは相撲の本拠地、この日は九州場所の千秋楽で、国技館でもイベントがあったらしく、有名ちゃんこ屋さんの予約は苦戦しましたが、何とか『ちゃんこ霧島 両国江戸NOREN店』で押し切りました
     両国駅横、江戸のフードテーマパーク『江戸NOREN』の中にある元大関霧島が運営するレストラン

    本物サイズの土俵 思っていたより小さいと感じました

    九州場所に因んで11月限定、『塩白湯 水炊きちゃんこ鍋』をあらかじめ予約、しっかりとしたコクのある白湯の中に、具材(地鶏・野菜・豆腐・薄揚げ・紅葉麩)が所狭しと並び、豪快な火力で煮込まれて15分もすれば食べ頃に

    湯気と沸騰したスープで中が見えません

    シメは雑炊・うどん・ちゃんぽん麺から選べます、私達ははうどんを選択

    鶏ガラと豚骨がベースの濃厚なスープは陸奥部屋直伝だそうで、濃いめの味が素材に染み渡って、この鍋一つで全て必要な栄養が摂れます
    身体が資本の関取が忙しい稽古の合間に自分達で作って食べる、まさに時短バランス栄養食、家でも作ってみたくなりました
    お店の中で取り組みが映っていたので今開催されている九州場所かなと思ったら、霧島関の現役時代の映像で相撲に詳しくない私でも小錦・横綱大乃国等懐かしい力士との取組が流れています

    こんな所も相撲の聖地ならではの表現が面白い
    東京場所が無くても風格があって賑やかな国技館

    まだ時間があったので、両国駅から歩いて約7分の『すみだ北斎美術館』へ、北斎生誕地の側に現代的な建物が目を引きます

    生い立ち、人物画から風景画まで縦横無尽の画業の変遷を観ながら、レプリカですがやはり印象的なこの1枚

    個人的に印象に残ったもう一つ、版画では無い肉筆画で87歳の作品『鍾馗(道教の魔除けの神様)図』、中国絵画や武者絵の画法も学び迫力と親しみやすさのある姿に見入ってしまいました

    美術館横の公園からスカイツリーが望めます、今北斎が生きていたなら、スカイツリーと富士山をきっと描いてくれたと思います

    帰り道のマンホールにも北斎が

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  • 阪神・淡路大震災を学ぶ

    野島断層保存館、人と防災未来センター

    1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災は、戦後経験したことのない大きな災害でしたが、それでも鉄道関係者は最悪を免れたと感じました。地震発生は5時46分、激しい揺れによって兵庫県内では新幹線の高架橋も落橋しました。しかし新幹線の営業運転は6時以降となっているため、かろうじて大事故を免れたのです。この落橋の教訓により、その後新幹線を中心に耐震補強工事が大きく進みました。東北新幹線などの橋脚には、せん断破壊を防ぐ補強材が巻かれています。

    東北新幹線の橋脚の補強


    この地震は、直下型地震でした。このタイプの地震は、海洋から動いて来るプレートによって大陸プレートが圧縮され、大陸プレート内部の岩盤が破壊されて起こります。そのプレート内で、長い間に繰り返し動き、これからも活動すると考えられる断層が活断層です。この地震は、淡路島北部の野島断層という活断層、深さ16kmが震源でした。動いた断層帯は、明石市、神戸市を通って西宮市まで伸びています。震源となった野島断層が地表に現れた部分はそのまま保存され、野島断層保存館として見学できます。

    野島断層保存館の外観
    野島断層保存館の入口
    破壊された道路
    断層は2段になって現れている
    断層の断面
    耐震構造のため断層上にありながら倒壊を免れた家がメモリアルハウスとして保存

    大地に横から加わる力は、長い間に地形を大きく変動させます。300万年くらい前からの変動により、隆起した部分は六甲山になり、沈下した部分は大阪湾になりました。
    阪神・淡路大震災の地震で震度7となった地域は、ほぼ神戸市内に帯状に分布しています。この地域にも、戦前に建てられた木造家屋などが多く残っていました。震災による6,400人を超える死者のうち大きな割合を占めるのは、高齢者や女性を中心とした、家屋の倒壊や家具の転倒による圧死です。また、火災による死者も発生しました。

    神戸港のメリケンパークに保存された遺構
    神戸市北野の「萌黄の館」では、屋根上の煙突が落下して庭に刺さってしまった

    震度6から7の地震でも倒壊に至らないための建築基準が制定されたのは1981年でしたが、阪神・淡路大震災で倒壊した建物のほとんどはこの耐震基準を満たしていませんでした。しかし基準に満たなくても、基準の制定以前に建てられたものは「既存不適格」と呼ばれ、そこに住み続けることができます。これが大災害に結びついてしまったため、この反省から、耐震改修工事に補助金を出し、融資を行い、住宅ローンを減税するなど、耐震改修を促進する政策が強化されました。
    日本には地震が起きない場所はありません。これからも、大地震への備えを怠らず、対策を進めていく必要があります。
    神戸市にある「人と防災未来センター」では、大震災当時を追体験できるように、映像、ジオラマ模型、実物資料などが整備され、また体験フロアなどで防災の知識を幅広く習得できます。

    人と防災未来センター
    人と防災未来センター東館

    野島断層保存館
    〒656-1736
    兵庫県淡路市小倉177
    電話: 0799-82-3020

    人と防災未来センター
    〒651-0073
    兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2
    電話: 078-262-5050

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