山紫明水の世界で悠久の時を
リノベーションの街・台中とミシュランビブグルマンの台湾中華を楽しんだ後、台中新幹線駅で今日の宿泊ホテル『The LALU』(ザ・ラルー)の送迎車にピックアップしてもらって約一時間、台湾屈指のレイクリゾート日月潭を目指します


日月潭は台湾中部・南投県にある台湾最大の湖、箱根の芦ノ湖よりやや広く、標高は700mを超えて芦ノ湖とほぼ同じ、「潭」とは水を深くたたえた場所を表す漢字、湖の東側が「日(太陽)」、西側が「月(三日月)」の形に見えることからこの名がついたようです、
もともと湖は台湾原住民族の一つタオ族の生活圏で彼らの聖地、漁業や狩猟を行いながら暮らしていて、現在も周辺に集落が残り文化が継承されています
清朝時代には漢民族の移住が進み農地開発が行われ、日清戦争後の日本統治下の1934年に水力発電所が完成、この工事により湖の面積が拡大、現在の姿に近い形になりました
あわせて観光地としての整備も進められ、戦後蒋介石総統はこの地を好み、湖畔には文武廟が整備され、慈恩塔などの施設も作られ、現在は台湾有数のリゾート地として、サイクリングロードや遊覧船、原住民族文化体験ができる施設もあります
ずっと一度は行きたかったレイクビューが美しく静かな立地にある憧れのホテル『The LALU』は、元々日本統治時代日本高官の保養所で、中華民国建国後は蒋介石総統の別荘となり、2002年にはホテルとしてリノベーションされ、日月潭有数の高級リゾートホテルとして開業しました
ホテルは湖に突き出した半島小島の場所にあり、最上階のレセプションから湖面へと降りていくように建てられています、部屋はB棟5階のスーペリア スイート レイクビュー、部屋に入るなりリアル水墨画の世界と言われる景色が広がります




すべての部屋がスィート仕様なので、居心地の良さは同じだと思いますが、湖のこの景色こそがホテルの醍醐味

ディナーはホテルの中華レストラン『湖光軒』を予約、高級店ではありますがお値段も服装も比較的カジュアル、私たちの周りも家族やお仲間で会食しているような地元の方々でにぎやかでした

コースの内容を前もって調べるととても食べきれない感じだったので、アラカルトでお願いしました、最初に出てきたのは『蒋介石元総統専属シェフ秘伝の蘇州風ポークリブ』、蘇州と蒋介石出身の浙江省は比較的近いので、故郷の味なのかも知れません、台湾料理によく使われる八角等のスパイスが苦手な人でも美味しく食べられます

前菜代わりに頂いたスープ、阿里山という台湾のお茶の名産地でとれた新鮮なタケノコスープとキノコと鶏肉のスープ、どちらもあっさりしているのに滋味を感じて、主人は流石の一言でした


スペシャルメニューの『日月潭の曲腰魚の蒸し魚』、こちらのお魚は「President Fish」と英語表記されていたので、やはり蒋介石ゆかりのお料理かも知れません、淡白な白身魚ですがソースと薬味が絶品、お店のスタッフさんが注文時にとても大きいですが・・と心配そうにアドバイスされましたが、二人で完食しました
でもお薦めは出来ません、あまりに小骨が多くて取り除くのに一苦労、食べ終わったお皿を面白がって写真に撮りましたが、漫画のような姿になってしまったプレジデントフィッシュここには載せられないです

ディナーを終え外廊下に出るとすっかり日が落ちて幻想的な夜の湖が広がります、暗い湖と山肌をともしびの様に照らしているのは慈恩塔、蒋介石が亡きお母様を偲んで建てた供養塔です

次の日も晴天、この景色を見るためには晴れる事が必須、こればかりは自分ではどうにもできません、とにかく感謝です



朝食は『オリエンタル・ブラッスリー』の和洋中ビッフェです、こちらも湖を眺めながらお食事が頂けます、お料理のクオリティも高いですが、やはり景色の持つ開放感がすべてを美味しく感じさせてくれます




国父の桃源郷・日月潭を巡る
この日はホテルのオプションで湖畔一周ツアーをしながら、台中駅まで送ってもらえるようお願いしました、以下に主な見どころを紹介します
文武廟
ダム建設によって水没する湖畔の龍鳳廟と益化堂が、文武廟として現在の位置に移設再建され1938年に完成しました
それから約30年、1969年から1975年にかけて全面修築が行われ、その間計7回視察に訪れた蒋介石総統は、工事の進行具合を気にかけ予算を調達し、各界に全面支援を要請し、建築様式には北朝式が用いられて、台湾最大級の廟として風格ある姿になりました





玄奘寺
玄奘寺は1965年に建立された仏教寺院で、日本のドラマでも大人気だった『西遊記』で有名な玄奘(三蔵法師)の功績を称えるお寺です、架空の人物と思っている人もいるようですが、中国・唐の太宗の皇帝時代、中国の仏教界に多大な影響を与えた実在の人物
玄奘は複雑な国際情勢に置かれた唐で、他国への出国が禁止されている中、真の仏法を求める心が止みがたく、国法を犯して十数年の歳月をかけて、仏教の祖であるお釈迦様の生誕地・インド(天竺)へ赴き、650部あまりの経典を持ち帰った高僧です
『西遊記』はその1000年以上後、玄奘が出国してからインド(天竺)に着くまでの艱難辛苦を、弟子の孫悟空・猪八戒・沙悟浄との奇想天外な物語として書かれた、中国の白話小説(話し言葉で書かれた大衆文学)です
インドからの帰国後玄奘はその功績により皇帝から多大な庇護を受け、弟子とともに経典75部を中国語に翻訳、1,335巻を作りました
玄奘が亡くなると盛大な国葬が営まれ、遺骨は唐の都長安(現在の西安)に埋葬されましたが、高僧の徳を広めるために各地に分骨され、大戦中南京にあった遺骨を日本人が発見、分骨され最初芝増上寺に、その後埼玉県の慈恩寺に移したという経緯があります
その後1955年に日月潭付近の玄光寺に分骨され、さらに玄奘寺の完成後ここに納められました、玄奘寺には玄奘の足跡だけでなく台湾仏教史の解説も展示されています




玄奘三蔵法師が残した功績で、それと気づかずに多くの人が影響を受けているものに、インドから持ち帰った大乗仏教の真髄を説く「般若心経」を、インドの古代語からたった276文字からなる漢字の経典に翻訳したという事があります
仏教に全く縁のない人でも、お葬式や観光地のお寺で唱えられている般若心経を耳にした事があるはずです、有名な言葉に「色即是空・空即是色」が有りますが、難解な仏教の世界観をこの漢字8文字で見事に表現した、歴史的キャッチコピー(複雑な内容でも研ぎ澄まされた数文字で、多くの人にイメージを伝えるという意味で)だと感じます
日本でも1400年間にわたってその時代の政治的指導者、知識人から一般庶民の間で親しまれ、個人的な悩みや不安、執着を解き放つ〝最強のマインドフルネス・ツール〞として近年注目されています
実際スティーブ・ジョブスやジョン・レノンをはじめ世界の著名人が般若心経の魅力に気づき、ストレスフリーなライフスタイルの実践に活用してきました
仏教思想によってより良い世界を創るために人生を捧げた玄奘三蔵、般若心経に触れる機会があれば、その志が凝縮された267文字の思いの丈に、少しでも関心を持ってもらえれば嬉しいです

慈恩塔
慈恩塔は、1971年、蒋介石総統が自らの母に対する感謝の気持ちを表して建てたもので、同時に国民に孝行の大切さを示しました
慈恩塔は海抜954メートルの沙巴蘭山の上に立つ高さ46メートルの八角形の塔で、最上部がちょうど海抜1,000メートルにあたり、日月潭のランドマークになっています
慈恩塔、玄奘寺、日月潭に浮かぶホテルのある拉魯(ラルー)島は一直線上に並んでいて、しばしば湖の水を飲む龍に例えられます
拉魯島が龍の口、玄奘寺が龍の頭、慈恩塔が龍の心臓に位置し、また塔の前には宮殿式建物があり、中に蒋介石の母の霊が奉られています


ご母堂は早くに夫を亡くし貧しい生活の中でも、教育熱心に子供達を育て慈愛に満ちた人だったとか
台湾の中華民国建国の父とも言える蒋介石、中国近代化のシンボル・孫文の右腕となり、数多の政敵と渡り合い暗殺の危機を脱して、第二次世界大戦中は日本軍と戦い、戦後は終生のライバルとなる毛沢東率いる共産党軍との内戦に敗れ、台湾に『中華民国』を建国したというまさに波乱万丈の人生
現代の台湾ではその政治手法に賛否両論有るようですが、二十世紀の国際政治の主役の一人であったことは、誰もが認めるところです
国父は日月潭のほとりに自身が思い描く中華思想の理想郷を具現化しながら、束の間この美しい景色に安らぎを感じていたように思われます
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