望郷への思いがレガシーとなった五つ星ホテル
台湾に来たらここを見ずには帰れません、中国の祝福の色・赤に彩られた『圓山大飯店』、日月潭のラルーホテルは蒋介石の人生が色濃く感じられましたが、こちらのホテルは元総統のファーストレディ、宋美齢の人生がここかしこに息づいています
宋美齢は浙江財閥・宋家三姉妹の末娘、当時の中国の資産家の子弟らしく、10代にもならないうちにアメリカに留学した才色兼備の女性、中国の革命運動に身を投じていた蒋介石にとって、国のリーダーとして飛躍するためにはその財力と人脈が必要不可欠でした
政略結婚のように思われていますが、恋愛結婚だったとのエピソードもあるお二人、蒋介石が西安事件で拉致・監禁された時、夫を救出するために自ら敵地に乗り込み、首謀者・張学良との解放交渉に臨み、もし失敗した場合は自害するためのピストルを忍ばせていたとか
正に一蓮托生、動乱の時代を支え合って生きた夫婦であり、お互いの為に命を賭ける戦友のような存在だったのかも知れません


映画にもなった『宋家の三姉妹』、毛沢東思想の中でその生き方を評して、宋靄齢(長女)・宋美齢(三女)・宋慶齢(次女)の順に、「一個愛錢、一個愛權、一個愛國」と言われています、漢字文化の日本人なら表現している意味がなんとなく分かりますね
その表現の通り宋靄齢(長女)は蒋介石の支持者、富豪で財務大臣も歴任した孔祥熙と結婚(愛錢=金を愛した)
宋慶齢(次女)は中国近代化の父・孫文と結婚、夫の死後中国本土に残り蒋介石を批判し共産党を支持、中華人民共和国副主席として本土の安定に貢献しました(愛國=国を愛した)
そして宋美齢(三女)はアメリカ育ちという語学力と行動力と活かし蒋介石をサポート、アメリカのルーズベルト大統領の支援を得て中華民国空軍を設立、抗日戦争を勝利へ導く大役を担い、ドラゴンレディと呼ばれました
後に共産党に敗れ中国大陸から台湾に逃れた後も、夫と大陸への政権復帰に情熱を傾けます(愛權=権力を愛した)
ただ三人とも戦争で荒廃した地域の学校、病院、孤児院、防空シェルターを頻繁に訪問し、資金提供とあらゆる国家活動の支援に奮闘したようで、主義主張は違っても三人三様、とにかくそのスケールの大きな生き方に頭が下がります
圓山大飯店は1950〜60年代の冷戦期に、台湾・中華民国が「中国の正統政府」であることを国際社会に示す必要性から、台湾政府が外国の元首や要人を迎える為に、国家戦略として建設された政治色の強いホテルです
そのため蔣介石政権下で整備されたホテルは、中国文化の正統性をアピールし、政治的メッセージを伝えるために、宮殿風の豪華な建築様式と中華の伝統的な演出が随所に散りばめられています
ここは単なるホテルではなく大切な外交の舞台装置であり、「国家の顔」として重要な役割を担った迎賓館でした、そしてその女性主人公として舞台の中央に立ち続け、最も輝いたのがドラゴンレディ・宋美齢その人です
実際アメリカ大統領、各国の国家元首が台湾に来訪し、このホテルを舞台に華やかな外交が展開された時期があります、主要国のリーダー達が畏敬の念をもって見上げるような、中国文化の真髄を披露するための空間はとにかく壮麗の一言




もともとこのホテルには日本統治時代に神道を定着させる為に、1900年(明治33年)に建立された台湾神社があった場所、台湾最高位の格式を誇った神社に青銅製の龍が奉納されていましたが、大戦の空襲でそのほとんどが焼失した中で、龍の彫刻は奇跡的に焼け残っていました、その龍は1987年金箔を施され『百年の龍』としてホテルの2階に展示され、パワースポット的にゲストが訪れています
また中華圏では入口にその地域や施設のシンボルとして建てられる、牌楼という建物がありますが、日本時代の神社が取り壊された後、その鳥居の場所にこの楼が立てられる事が多かったそうです、圓山大飯店の牌楼も位置的に鳥居だった場所に、ホテルの正門にあたる牌楼を建てたのかも知れません



現在の圓山大飯店は、日本のパレスホテルが運営している格式高い五つ星ホテルとして、外国人観光客やビジネス関係者に歴史的な建物の持つ優雅さと、現代的なホテルサービスの両方が享受できる憧れの存在として、今日も台北の街並みを見下ろしています



食熱の台湾夜市
圓山大飯店からバスで10分程度、宮殿のような空間からたった数分で庶民の生活圏にワープできる、そんな面白さが味わえるのが士林夜市
台湾は屋台文化が発展していて、お祭りや特別な行事が無くても屋台が出る場所が多く存在します、台北には夜市として有名な寧夏・饒河街夜市等がありますが、その規模と人出の多さは士林夜市が一番の様です
ホテルから40分おきにシャトルバスが出ていて、最終便は22:00、毎晩が祭礼の街へと連れて行ってくれます


まず行ってみたのは『るるぶ台湾』に載っていた、地元の名店『海友十全排骨』、15種類の漢方薬と牛骨を10時間以上煮込んだスープが有名、地元の人たちはご家族やカップルで麺等と一緒に夕食代わりに楽しんでいる様子、いろいろ食べ歩きたいので私たちはスープだけとても窮屈な相席で頂きました



士林夜市は台湾で信仰されている多くの神様が祀られている『慈誠宮』の門前に、屋台が集まったのが始まり、基河路・大東路・大南路・安平路街・文林路というそれぞれ100m~200m前後の通りに、食べ物だけではなくファッションやお土産、ゲームなどのお店も出て毎晩お祭り騒ぎに





下記のジュース屋台の看板をGoogle翻訳にお願いしたら、新鮮なスイカジュース・カップ1杯35元(約175円)、カップ3杯100元(約500円)との翻訳、3つ並んだ大きなジュース撹拌機、向かって左端の翻訳してくれなかった火龍果というフルーツは、たぶんドラゴンフルーツの事かなと、そちらも100%果汁で販売されているのがいかにも亜熱帯の国らしい

夜市を楽しむのはエイジレス、三世代ご家族連れ、カップル、青春真っ只中の若者たち、そして私たちのような異邦人、ここに来ると日本なら年に2回ぐらいの神社のお祭り屋台が、毎日日付が変わるぐらいまで楽しめます
スープだけだと物足りないのでリニューアルした美食街へ、35店の屋台が集まる屋台村フードコートで、ここは日本人も多く来るらしく片言の日本語で対応してくれました、落ち着いて食べたい方向けとネットでオススメされていましたがとにかく騒がしい、この場合の落ち着いては、私的に翻訳すると座って食べられるという事と、地下1階なので雨の日でも飲食できるという意味、屋台グルメを楽しむなら普通の落ち着いてを期待してはいけないようです



ワイルドでエネルギッシュな台湾夜市の食文化を楽しんでホテルに帰ってくると、美しい夜景が出迎えてくれました、高層ビル101は雲の中ですが、明日の朝にはここを離れると思うと名残惜しいです

中国とも日本とも関係が深く、それゆえにそれぞれの国の利害や思惑に影響されがちな島国台湾、一時は同じ国民として歩んできた歴史を思うと、親日でいてくれる事に改めて感慨深いものがあります
台北→台南→台中→日月潭→台北と5泊6日、美食・美景の駆け足の台湾旅行でしたが、見どころが沢山あってまだ観光したかった場所もありますが、また次に来台する日を楽しみに明日は帰国の途につきます
読んで頂いてありがとうございます、こちらのブログが皆様の楽しい旅のお役に立てたなら幸いです
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