1895年、日清戦争の結果、下関条約により台湾は清から日本へ割譲され、台北に総督府が設置されて、台北は日本の台湾統治の中心都市となりました。そして道路・鉄道・上下水道など都市インフラが整備されて近代的な都市計画が進み、西洋風建築や公園が整えられました。教育・医療制度も整備され、台湾で日本語教育が実施されました。
1945年、日本の敗戦により台湾は中華民国に「光復」されました。1949年、中国大陸での国共内戦に敗れた蔣介石率いる中華民国政府が台湾へ移転し、台北は中華民国の首都となりました。
戒厳令下での政治的弾圧が行われる一方で、1960年代以降は「台湾経済の奇跡」と呼ばれる高度経済成長により、台北は政治・経済の中心都市として急速に拡大しました。
1987年に戒厳令が解除されてからは、台湾で本格的な民主化が進みました。2004年には超高層ビル「台北101」が完成して台北の象徴になり、その後もIT産業の発展により、台北はハイテクの中心都市として国際的地位を高めています。

中正紀念堂
私たちが台北到着後、初めに訪れた中正紀念堂は、蔣介石総統を記念する、白い建物と青い屋根の大きなモニュメントで、台北市中心部にあるランドマークです。敷地は公園になっていて、建物内部には蔣介石総統の大きな像があり、その人生や台湾の近代史を伝える展示もあります。また、定期的に衛兵交代式が見られます。


国立故宮博物院
約70万点の所蔵品を有する、中国美術コレクションを誇る世界有数の博物館で、台湾での正式開館は1965年です。主に中国歴代王朝(宋・元・明・清など)の宮廷コレクションで、もともとは北京の紫禁城にあった清朝の皇帝コレクションでしたが、1940年代、蔣介石率いる中華民国政府が国共内戦で台湾へ移る際、重要な文物を台湾に運びました。


「翠玉白菜」や「肉形石」は特に人気がありますが、他にも精巧な細工の美しい工芸品が数多く展示されています。








龍山寺
台湾で最も有名な300年近い歴史を持つ寺院です。色鮮やかな屋根飾りや彫刻など、南方中国風の伝統建築が、何度も地震や火災、戦争の被害を受けながら、その都度修復されてきました。仏教を中心に、道教や民間信仰の神々も祀る寺院で、観音菩薩・媽祖・月下老人などにお参りでき、願いごとを込めてお線香をあげたり、月下老人に縁結びを祈ったりとさまざまです。私たちが訪れた朝は、多くの人が歌うように祈っていました。




龍山寺に近い剝皮寮では、レンガ作りを中心とした歴史的建造物による街並みの保存再生が進んでいます。


孔子廟
孔子を祀る廟です。台北の孔子廟は、清朝時代の1879年に建てられましたが、日本統治時代に旧孔子廟が取り壊されて再建され、1930年代に現在の孔子廟が完成しました。福建様式の伝統建築を採用した孔子廟で、門から中庭を経て最奥に大成殿がある軸線構成で、左右対称の配置です。大成殿は、孔子を祀る聖殿で、孔子の位牌や像、儒学者の牌位が安置されています。崇聖祠は孔子の祖先を祀る建物、明倫堂は儒学教育・講義・文化活動の場所です。

大稻埕慈聖宮
迪化街の近くにある歴史ある道教の寺院です。19世紀中頃に創建されたとされ、航海や商売の守護神「媽祖(まそ)」などが祀られています。周辺には屋台が立ち並び、台北に住む人々のグルメスポットになっています。

コメントを残す