飛鳥と吉野 - 桜の名所

飛鳥・吉野 桜巡礼

奈良から車で日本的な風景を見ながら40分ぐらい走ると、日本の始まりを物語る神社のひとつ、桜井市の三輪山のふもとに鎮座する『大神神社』に着きます
「大神」と書いて「おおみわ」と読むところからもわかるように、この神社に祀られる神は、神の中の神でもっとも偉大な神様と言われています
神社の創始にまつわる『古事記』や『日本書紀』の伝承では、大物主神という神が出雲の国の大国主神の前に出現し、自分を大和の東の山(三輪山)に祀れば国造りを成就できると告げたとのこと
神社全体を包み込むように聳える三輪山そのものをご神体としているので、山や岩などの自然物を神として祀る、日本的で古い時代の信仰形態を感じられる場所です
拝殿が簡素に感じられるのは、一般的にこの後ろにあるはずの神殿が無く、三輪山そのものが神様、自然崇拝とアミニズムのシンボルの様です

king of 神社は日本の美意識そのもの)
 こちらを訪れた目的の一つが、やはり桜の絶景が望める場所だから
この道を登って展望台へ、桜への道は険し

でも登った甲斐がありました、大和の山々とのどかな平野が桜と一緒に一望できます

大美和の杜展望台の景色
後ろを振り返ると池に桜の雨が降り注ぐようです

写真を撮って座っていると、鶯が素晴らしい音色を響かせてくれました、この景色と鶯を楽しめるのは、この時期ここまで来た人だけ、本当に訪れる価値があります

次の桜巡礼は阿倍仲麻呂や安倍晴明を輩出した安倍一族の氏寺『安倍文殊院』、創建大化元年(645年)日本最古に近いお寺です、本堂の仏像も素晴らしかったのですが、この時期の見所は池に浮かぶ金閣浮御堂と桜、京都に匹敵するくらい雅な景色です

中には弁財天・阿倍仲麻呂・安倍晴明が祀られています
上から見た浮御堂
浮御堂の側に阿倍仲麻呂の、天の原ふりさけ見れば春日なる〜の有名な歌碑
浮御堂の外廊下、池と桜を眺めると万葉人になったような気持ちに

ここは安倍晴明の生誕の地、しかも浮御堂が見える小高い丘に晴明が天文観測を行った場所が有ります

天文観測の地の石碑と桜
毎年干支をパンジーの花で描くジャンボ花絵も有名
清明堂と桜、中央の黒い球体が魔除け厄除けの如意宝珠

陰陽師は京都出身だと思っていましたが、こちらが本当の晴明のルーツのようで新しい発見でした

次の桜巡礼の前に石舞台古墳からすぐの町家でランチを頂きました、その記事はこちらです

何もないような山道を走っていると、桜に囲まれた『石舞台古墳』が現れます、飛鳥時代の絶対権力者・蘇我馬子のお墓、実際の形は方墳(四角形)であったと検証されています
現在周りの丘は広い公園になり、石舞台を囲むように桜が植えられ、遺跡を見下ろしながらお花見が出来る、飛鳥の名所になっています

この上にピラミッドのような石積があったようです
今は遊歩道が整備されて市民の憩いの場に
桜越しに見る石舞台もなかなかの味わい

次の日が雨の予報だったので、石舞台から少し距離がありますが、やはり桜の名所『談山神社』へ、ここは石舞台の主・蘇我馬子の孫で祖父と父の築いた権力基盤を引き継ぎ、飛鳥朝廷に君臨した蘇我入鹿の政敵達の神社
日本史で必ず習う大化の改新のきっかけとなった乙巳の変、蘇我氏の専横に危機感を募らせた中大兄皇子と中臣鎌足が、決して外に漏れてはいけない蘇我氏討伐の密談を、飛鳥からかなり離れたこの山の中で行ったので、談(かたらい)が名前になったもの
飛鳥宮で暗殺の危機が迫るとも知らず宮中祭祀に列席していた入鹿を、中大兄皇子と鎌足が剣を抜いて討ち果たし、その知らせを聞いた父親の蘇我蝦夷も自害しました
その後中臣鎌足は中大兄皇子の片腕となり、終生新しい政治体制を作り上げることに専念、最期は朝廷最高の位を授けられ、亡くなった後僧侶になった長男の定恵がここに父親をお祀りしました

鳥居をくぐると満開の桜、お祭りの準備も進められています
珍しい十三重の塔・木造の13層としては世界最古
この時期夜桜とライトアップされる神社を観るためすぐ近くに1泊するツァーも
白い桜が雲のようです
拝殿と枝垂れ桜

鎌足の息子達は藤原姓を与えられ、次男の藤原不比等の子孫達は紆余曲折有りながら、奈良時代から平安時代にかけて、皇室との縁戚関係を深め外戚として権力を握り続けます
その子孫で一番隆盛を究めた人が藤原道長、『源氏物語』を書いた紫式部の支援者で平安時代の政治・文化の中心人物です

談山神社を出る時に夕方になったので、飛鳥・吉野観光に便利な橿原神宮駅近くのホテルへチェクイン、ディナーはホテルから車で10分のミシュラン星のイタリアンへ、その記事はこちらです

飛鳥・吉野 桜巡礼2日目、昨日から花散らしの雨風で午前中はあまり動けず、比較的近くの桜を訪ねました
於美阿志神社は応神天皇(諸説有りますが西暦400年頃在位)の時代、渡来した帰化人の一族で、東漢氏(やまとのあやうじ)の氏神、技能に優れ織物や武器の製造等で朝廷に貢献し、その末裔の一人が蝦夷討伐で活躍する武人の坂上田村麻呂です

於美阿志神社の桜

藤原京は大化の改新の主役中大兄皇子を父に、その後の壬申の乱に勝利した天武天皇を夫とした持統天皇が完成させた都、中臣鎌足の息子の藤原不比等を重用して、大宝律令を施行、父親が目指した国家体制を作り上げます、行動力も政治手腕も親譲りの女帝でした

藤原京跡、耳なし山と菜の花も興を添えてくれます

今年の夏世界遺産登録が予定されている飛鳥、これを機に観光地として更に発展するポテンシャルを感じました、午後は雨風が収まって来たのでやはり桜の名所長谷寺へ
長いこの階段は上登廊・中登廊・下登廊と3廊に分かれていて、総数はなんと399段、一段一段煩悩を落としながら登り、最後の400段目の四(死)を越えたところで、本尊の十一面観音像と対面する事が出来るようになっているのだとか
平安時代から参籠や祈願場所として、『枕草子』や『源氏物語』にも登場する由緒あるお寺です

ここは桜の絶景に続く天国の階段?!
途中時々踊り場のような場所の桜に励まされ登ります
天国の景色でした

飛鳥・吉野 桜巡礼の旅行の最終日は大本命の吉野山へ、高校生の時に訪れて以来約50年ぶりの桜の聖地、人込みを見越して早めに出かけるために、6:30スタートの朝食バイキング会場に行くと、同じ事を考える人たちで広い会場は満席
兎に角お花見の優雅さも忘れ、競争のように吉野山を目指します
吉野駅近くに駐車場があり、この季節は平日でも車の規制がかかるので、ロープウェイ、バス、徒歩の組合せになります
不思議と登っている時は何処に桜があるのと思うくらい、緑の林を抜けていきますが山の上の展望台に着くと、麓から下千本、中千本、上千本と言われる景色が広がりました

花矢倉展望台から上中下の千本桜を望む
花矢倉展望台からの眺望

一目千本の上中下で三千本ですが、実際の桜の数はその10倍の約三万本、この山の桜はもちろん元からあったものではなく、1300年前修験道の開祖・役行者が桜の木で本尊を造った事で、信者たちがお供え物として桜を山に植え、神木として大切に守ってきた歴史があります
吉野の桜は多くの人の信仰心に支えられて、毎年見事に山を覆うように咲き誇る花は祈りの姿でもあります

山桜の花は白く可憐
青紅葉と桜のコントラスト、絵になります
青い空に広がる白い雲と薄桃色の花雲

もっとゆっくり楽しみたかったのですが、急いで山を下りて後は徒歩です、やはりゆっくりこの景色を楽しみたいなら、近くのホテルに一泊するのをお勧めします
金峯山寺の参道には定番の柿の葉寿司や吉野葛等のお店が軒を連ね、多くの観光客が食べ歩きや買い物を楽しんでいました

金峯山寺の本堂・蔵王堂、この中に日本最大の秘仏・金剛蔵王権現立像が、ちょうど御開帳の期間で幸運でした
本堂の西に南朝妙法殿、足利尊氏に京都を追われた後醍醐天皇が南朝を開き、皇居とした場所

桜のある風景を訪ねて、奈良・飛鳥・吉野を巡った3泊4日、改めて桜は日本人の心の花なのだという思いを強くして、特急から見える太極殿に見送られながら旅の帰路につきました

読んで頂いて有難うございました、このブログが皆様の素敵な旅のお役に立てば幸いです

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