江東区は昭和22年(1947年)に深川区と城東区が合併して誕生した区です、深川地域は江戸時代初期の埋立て後、木材・倉庫、商業、文化の町として栄え、城東地域は農業によって江戸の暮らしを支えた地域、明治時代になると広い土地と水運を利用して、次第に東京の工業地帯となりました
豊洲 ― 工業地域から観光地へ
豊洲は1930年代に東京湾の埋立てによって誕生し、造船・ガス・倉庫などの工業地域として発展しましたが、1990年代以降工場の移転や閉鎖が進んで再開発が行われ、タワーマンションや商業施設が次々に建設されて、洗練された湾岸エリアに変貌、そして2018年に魚市場が築地から豊洲に移転したことにより、豊洲は全国的な知名度を持つ観光地になりました
今日の日帰り観光は東京の巨大市場の食文化を支える豊洲の朝からスタートです

江戸の町を再現し和食グルメや足湯温泉も楽しめる、豊洲市場に隣接した『千客万来』には魅力的なお店が沢山ありますが、10:00開店なので豊洲で朝食をとるために、朝6:00に家を出るとまだ開いていません

千客万来を右手に見てデッキをまっすぐ歩いて行くと、海鮮仲卸売場棟3階に朝7:00スタートのお店が多い豊洲市場グルメがあります、この6街区の22店舗の内、お寿司屋さんが7店、海鮮丼が3店、海鮮中心の和食が2店、当たり前ですがおおよそ半数が魚中心のお店です

すでに行列が出来ているお寿司屋さんもあり、その中で明治42年創業海鮮丼専門店『大江戸 豊洲市場店』へ、活きが良いネタを安く食べるために言葉通り、早起きは三文の得(三文=約100円、体感的にはその20倍お得な感じがしました)


私達は海鮮と出汁茶漬け両方楽しめるメニューを選択



朝食を摂った後仲卸売場棟を見学、本当の競りを間近で見たい人は、前もって予約が必要です




深川 ― 江戸東京のふるさと
深川地域一帯は海や湿地が広がっていましたが、江戸幕府による大規模な埋め立てによって町が形成され、小名木川は徳川家康の指示で開削され、旧中川と隅田川を結ぶ水路となり、物資輸送の大動脈としての役割を果たします
馬よりも多くの物流の運搬を可能にする水路はさらに縦横に整備され、江戸時代の深川は、ウォーターフロントの立地を活かして、商業と文化の中心地として発展しました


深川を語るうえで欠かせないのが富岡八幡宮、八幡宮は武家の守護神とされる応神天皇を祭神とし、源氏の氏神とされた神社、富岡八幡宮は寛永4年(1627年)に創建され、八幡大神を尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受けます
同時に庶民の信仰も集め8月15日を中心に行われる富岡八幡宮の例祭は、「深川八幡祭り」とも呼ばれ、赤坂日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに「江戸三大祭」の一つに数えられています
3年に一度、八幡宮の御鳳輦(ごほうれん)が渡御(とぎょ)を行う年は、本祭りと呼ばれ53基の町神輿が勢揃いして、連合渡御する盛大なものとなります


富岡八幡宮のすぐ側には、弘法大師が不動明王像を開眼したと伝わる、成田山新勝寺の東京別院・深川不動堂があります、元禄16年(1703年)の開創で「深川のお不動さん」として親しまれています


また深川は松尾芭蕉ゆかりの地、芭蕉が人生の後半を過ごした芭蕉庵があり、その跡地付近に芭蕉記念館が建っています、芭蕉庵を引き払い、門人、杉山杉風(すぎやまさんぷう)の庵室である採茶庵(さいとあん)で門人たちと別れを惜しんだ後、船で隅田川をのぼり千住大橋のたもとから、「奥の細道」の奥州へと旅立っていきました




清澄庭園は大名庭園に用いられ明治時代の造園にも受けつがれた、泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です、江戸時代は大名の下屋敷でしたが、明治に入って、岩崎弥太郎が荒廃していたこの地を買い取り、社員の慰安や貴賓接待の場所として庭園造成を計画
明治13年に「深川親睦園」として一応の竣工をみましたが、弥太郎亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には伊豆など各地から取り寄せた名石を配して、明治を代表する庭園が完成しました、関東大震災後比較的被害の少ない東側が、東京市に寄付され復旧整備されています


清澄庭園から徒歩10分ぐらい、霊厳寺(れいがんじ)は浄土宗の寺院で、寛永元年(1624)に雄誉霊巌上人が霊巌島(現在の東京都中央区新川)に創建されましたが、明暦3年(1657)の大火事によって焼失し、現在の深川の地に移転し境内に松平定信公の墓があります


また霊厳寺から歩いて2分、深川江戸資料館では深川にゆかりの江戸時代の文化人を紹介し、当時の地図や名所の浮世絵などを展示しているほか、江戸時代末期の深川佐賀町を実物大で想定再現し、一日の移り変わりを音響と照明で演出、当時の庶民の暮らしを体感できるようになっています
ここにはもう一つ入館しなくても見学できるスペースがあり、江東区に在住し引退してから『大鵬部屋』を創設、名誉区民第一号となった昭和の大横綱・大鵬の顕彰コーナーも併設されています




最近白河清澄駅周辺を有名にしているのが、ブルーボトルコーヒーのフラッグシップ店に代表されるサードウェーブコーヒー
19世紀後半から1960年代にコーヒーが一般的な飲み物として急速に家庭に広まったファーストウェーブ、1960年代から2000年頃にかけて、スターバックスなどに代表されるコーヒーの風味を重視するセカンドウェーブ、そしてコーヒー本来の価値を重視し単なる生活必需品ではなく、ワインのような芸術性を兼ね備えた高品質な食品として提供する、第三の波が若者を中心に広がっています
実際駅周辺はそれぞれお店のこだわりのメニューやコーヒーを楽しめるカフェがひしめいていて、カフェ巡りには最適の場所、その中で私達は隅田川の河岸にある『CLANN BY THE RIVER』を予約しました
場所は地域や建物の歴史を活かしたリノベーションを得意とする、株式会社リビタが手掛けたTHE SHARE HOTELSの2階
外のテラス席は“かわてらす”とよばれ、美しい隅田川の景色を一望できる特等席、朝7時からオープンしていてモーニングにも最適です







もちろんカフェメニューも充実、同じ隅田川から近い人気コーヒー店『LEAVES COFFEE ROASTERS(リーブスコーヒーロースターズ)』の豆を使用していて、甘さと香りにフォーカスしたクリーンでバランスのとれた味わいが特徴

店の前の道路を渡ると、平賀源内がエレキテルを披露した場所の碑があります。

ランチの後はタクシーで亀戸天神(亀戸天神社)へ、1662年、菅原道真を祀る太宰府天満宮を範として建立され、江戸時代には「東宰府天満宮」とも呼ばれて、庶民の行楽地として人気がありました、境内には池にかかる太鼓橋(男橋・女橋)があり、早春の梅のほか藤の名所として4月に「藤まつり」が開催されます





亀戸天神の境内で文化2年(1805年)に創業したのが船橋屋(初代が船橋出身)、小麦澱粉を約1年半かけて自然発酵させ、秘伝の黒糖蜜をかけて頂く、元祖くず餅(元祖かどうかは諸説あるらしいです)の老舗
お土産用に境内の中でも販売していますが、老舗の風格が漂う本店が天神様から直ぐなので、芥川龍之介も足を運んだと伝わる、こちらに是非立ち寄って下みて下さい


東京に長く住んでいても、新旧の名所のほとんどが今日初めて訪れた場所、灯台下暗し、東京をもっと楽しみたいと思いました















































































































































































































