ワンダーな未知との出会いの旅ガイド

  • 隠岐 ― ダイナミックな火山島の変化を知る世界ジオパーク

    隠岐諸島の成り立ちは、日本列島の成り立ちのなかでも非常にダイナミックです。隠岐は、大陸の地下深部、湖底、深海底、火山島、半島状の陸地、再び離島という変化を経て、現在の断崖、入り江、山地などが形成され、さまざまな岩石や化石が歴史の痕跡を残しています。2013年に世界ジオパークに認定されました。

    • 約2億5000万年前 ― 隠岐は大陸の一部だった
      現在の隠岐諸島の基盤には、大陸の地下で形成された片麻岩が存在します。
      この時代、日本列島はまだ、隠岐とともに巨大大陸の東縁部に属していました。隠岐片麻岩は、大陸内部の地下深くで強い圧力と熱を受けて変成した岩石が、後のプレート活動や火山活動によって地表に現れたものです。同じような時期に形成された片麻岩が朝鮮半島にも見られることが、隠岐が大陸の一部であったことを示しています。
    島後にある隠岐総社の玉若酢命神社の境内には隠岐片麻岩の砂利が敷かれている
    • 約2600万〜2000万年前 ― 大陸が引き伸ばされて湖が形成される
      2600万年前頃から、東アジアの地殻が引き伸ばされて窪みが生じ、湖ができ、隠岐となる地域も沈降域に入りました。この時代の隠岐は、大陸の縁辺にできた湖の底でした。湖や河川で堆積した礫岩・泥岩・凝灰岩などが、現在の隠岐にも残されています。
      約2000万年前のワニの歯の化石なども発見されています。これは、現在の隠岐がかつて温暖な陸水環境の中にあったことを示しています。
    • 約2000万~1500万年前 ― 湖が海になり、隠岐は深海底へ
      大陸の分裂がさらに進むと、湖だった場所に海水が入り込み、日本海が形成されていきました。隠岐となる地域は海底となります。
      隠岐には深い海の環境を示す地層も残されています。たとえば、珪藻などの微化石を含む地層が見つかっています。また約1600万年前の地層からはサメの歯の化石も発見されています。このような海洋生物の存在から、このころには隠岐地域が海底にあったことがわかります。
    • 約600万年前 ― 火山活動によって隠岐が誕生する
      現在の隠岐諸島の地形を決定づけた最大の事件が、約600万年前の大規模な火山活動です。海底で大量のマグマが噴き出し、溶岩や火砕物が積み重なっていきます。やがて海底から火山体が成長し、海面上に姿を現します。
      島前(どうぜん)の玄武岩や島後(どうご)の流紋岩など隠岐を広く覆う岩石は、この時代の火山活動の産物です。
      西ノ島・中ノ島・知夫里島からなる島前は、中央に山地があり、その周囲を海と島々が取り囲む独特の形をしています。それは、この地域で火山体の一部が陥没してカルデラが形成され、海水が入って内海を島々が取り囲む地形になったもので、島前カルデラと呼ばれています。その後、中央火口丘が形成されました。
    島前カルデラが海となり、外輪山が3島に。右に見える山は中央火口丘の焼火(たくひ)山
    島前カルデラは良港を提供し、湾には多くのイカが。由良比女神社にイカ寄せ神話がある
    • 約400万~40万年前 ― 火山島として成長する
      その後も火山活動は続きました。
      島後で見られる粘り気の多い流紋岩の地層が火山活動で隆起し、島の山地や台地を形成しました。その後、侵食によって崖の多い険しい地形になりました。
      一方、島前には粘り気の少ない玄武岩が多く、溶岩が流れてゆるやかな地形が形成されました。
      隠岐の火山活動は、約40万年前に終わりました。
    島後の山々
    島前にはゆるやかな地形が拡がる
    • 数十万年前以降 ― 島になったり半島になったりする
      火山活動が終わった後、隠岐では海面変動が地形を変えていきました。
      氷期には大量の水が氷河として陸上に蓄積されるため、海面が低下します。逆に温暖な時期には氷が融解して海面が上昇します。隠岐と本州の間にある隠岐海峡は浅く、現在でも70~80m程度の水深しかありません。そのため、氷期の海面低下時には海峡部分が陸地となって隠岐は島根半島と陸続きになり、逆に温暖化して海面が上昇すると隠岐は再び島になります。隠岐は、離島と陸続きという変化を何度も経験しました。陸続きになった時、本州の動物たちが隠岐に移り住みました。
      最後に大きな海面上昇が起こり、およそ1万年前には現在のような離島の状態になりました。
      隠岐は日本海にあって冬の季節風を受け、海岸では強い波浪による侵食が進みます。その結果、海食崖、海食洞、海食門、岬、奇岩、海食台などが形成されています。例えば西ノ島の国賀海岸では、火山活動によってできた地質構造を、数十万年にわたる海の侵食が切り刻み、現在の断崖景観をつくりました。
    真天崖
    国賀海岸の通天橋

    このように隠岐は、大陸の一部だった古い岩盤の上に、日本海の形成による沈降と、その後の活発な火山活動が重なり、最後に海面変動と海食によって現在の姿になった島々です。現在の隠岐の地表を歩くと、約2億5000万年前の大陸地下の岩石から、約2000万年前の湖・海底の地層、約600万年前の火山岩、そして現在進行中の海岸侵食まで観察することができます。隠岐ユネスコ世界ジオパークが、地球の歴史の様々な場面を体感できる場所として評価される理由は、ここにあります。

    これに加え、島と本州の半島とを繰り返すなかで個性的な生態系が作られたことも、隠岐の大きな魅力になっています。固有のスギ、北海道や沖縄で見られる植物なども生息しています。

    隠岐の自然は、人の歴史にも多くの恩恵を与えました。約3万年前から溶岩が急速に固まってできる鋭い黒曜石が産出され、狩猟や調理の道具として中国地方一帯で使われました。対馬暖流による温暖な気候のなか、島前のなだらかな草地で牧畜が行われ、中ノ島の稲作、良好な港に陸揚げされる豊富な海産物とともに隠岐の食文化を豊かにし、流罪となった後鳥羽上皇や後醍醐天皇が生活できる条件も整っていました。江戸時代には北前船の寄港地となり、各地との交流により隠岐の文化が育まれました。

    隠岐神社。流罪となった後鳥羽上皇は中ノ島で生涯を終えた
    流罪となった後醍醐天皇が一時滞在したと伝わる西ノ島の黒木御所跡から中ノ島を望む
    隠岐自然館
    西ノ島ふるさと館

    隠岐自然館
    〒685-0013
    島根県隠岐郡隠岐の島町中町目貫の四61 隠岐ジオゲートウェイ2階
    電話 08512-2-1583

    西ノ島ふるさと館
    〒684-0302 島根県隠岐郡西ノ島町別府56−10
    電話 08514-7-8888

    ジオ日本学びの旅 記事一覧

  • 出雲大社と古代出雲の遺跡 ― 大国主の国譲りとは何か

    古事記には多くの神様が登場しますが、出雲の神様の主人公は、何と言ってもオオクニヌシノミコト(大国主)です。特に大国主の国譲りの神話について、これまでいろいろな解釈がなされてきました。
    古事記には、大国主は葦原中国を統治していたが、天つ神に国を譲ったと書かれています。これは、出雲の王がヤマト王権に国を譲ったと解釈されます。もちろん神話の世界であり、大国主という人物が実在し、出雲をヤマトに譲ったということは確認できません。しかし、全くの作り話ということでなく、歴史的な背景をもとにこの記述があると考えられます。これを紐解くためには、実際に確認できる出雲の社会、そこから推測できる政治勢力と、後世に古事記、日本書紀が伝えた神話との関係を考える必要があります。

    オオクニヌシノミコト(大国主)

    弥生時代後期(おおむね1~3世紀)、現在の島根県東部を中心とする出雲地域には、有力な政治勢力が存在したと考えられています。
    特に次の遺跡の発見は衝撃的でした。
    荒神谷(こうじんだに)遺跡 — 358本もの銅剣が一か所から出土
    加茂岩倉(かもいわくら)遺跡 — 39個の銅鐸が出土
    西谷(にしだに)墳墓群 — 大型の「四隅突出型墳丘墓」が集中
    その後の古墳時代にも、首長墓が形成されています。

    荒神谷遺跡
    1984年に358本の銅剣が出土した
    荒神谷博物館
    荒神谷で出土した銅剣は、島根県立古代出雲歴史博物館に展示されている

    一方で、出雲王国という集権国家があったことを示す文字史料はありません。

    加茂岩倉遺跡
    1996年に39個の銅鐸が出土した
    加茂岩倉遺跡ガイダンス
    加茂岩倉で出土した銅鐸は、島根県立古代出雲歴史博物館に展示されている

    大国主は実在した王なのか?
    古事記で大国主は、天つ神に国を譲ります。これは何を反映しているのでしょうか?
    古事記が成立したのは8世紀初頭です。ところが、神話の舞台になっているのは、それより何世紀も前の時代です。その間に、ヤマト王権が勢力を拡大し、各地の有力勢力を服属させていく過程がありました。
    そこでは、「もともと地上世界を治めていた大国主が、天照大神の子孫に国を譲った」という物語が都合のよい政治神話になります。ヤマト王権による支配が単なる武力による征服ではなく、正当な神意による継承であるという意味を読み取ることができます。
    それでは、出雲はヤマト王権に征服されたのでしょうか?
    発掘調査が示すとおり、弥生時代後期のものとされる西谷墳墓群では、この地域の首長の墓と考えられる大型の四隅突出型墳丘墓が多数発見されています。ところが古墳時代になると、ヤマト王権と共通する前方後円墳などが各地に広がっていきます。これは確かに、出雲の有力者たちが広域的なヤマト王権の政治秩序に組み込まれていったことを示唆します。

    西谷墳墓群のうちの2号墓
    出雲弥生の森博物館

    ただし、ある年にヤマト軍が出雲を攻撃し、出雲王が降伏したという事件を考古学的に確認できるわけではありません。武力による征服だけでなく、婚姻・同盟・服属・人的交流・祭祀の共有など、長期的な政治統合だった可能性もあります。

    日御碕(ひのみさき)神社の神の宮。素盞嗚尊(スサノオノミコト)を祀る
    日御碕神社の日沉宮(ひしずみのみや)。天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀る

    国を譲った後の出雲 ― 出雲大社が祭祀の中心に
    大国主は国を譲るに際し、自分を祀る大規模な神殿を造ることを要求しました。これは、政治的な支配権はヤマト王権側にあるが、出雲の宗教的権威は特別に尊重するという関係を示していると解釈できます。
    実際に、出雲大社に巨大な神殿が造られました。現在の神殿よりはるかに大きい、高さ48mの建物だったと推定されています。2000年に出雲大社境内で発見された石の列と大きな柱の一部は、それまでの神殿の跡に13世紀に再建された巨大な神殿の跡と考えられています。このように出雲大社は極めて重要な神社として残りました。
    政治的にはヤマト王権の国家秩序に入る、しかし宗教的には出雲の伝統を維持するという結果から、国譲り神話は、出雲の古い権威を消滅させず、新しい国家秩序の中に位置づけた話とも読めます。

    出雲大社の拝殿
    かつての巨大な神殿の模型。高さ48mと推定されている

    日本書紀には、出雲国造という、出雲の祭祀を担う家系が登場します。出雲国造は、古代出雲の有力氏族で、大国主を祭神とする杵築大社(現在の出雲大社)の祭祀に関わっていたとされていますが、その祖先神は天穂日命(あめのほひのみこと)ともされています。神話では天穂日命は天照大神側の神なのに、出雲では大国主を祀る役割を担っています。それは、古い段階の出雲の在地社会で有力首長層が独自の神々の祭祀を行った時期から、王権統合後には、ヤマト王権のもとで出雲国造が出雲大社で大国主を祭るという構造に変わったことを表しているのでしょう。

    2013年に式年遷宮が行われた本殿
    長さ13.6mの注連縄(しめなわ)のある神楽殿

    大国主は単一の神なのか?
    大国主という神は、単なる軍事王ではなく、国作り、農耕、縁結び、医療、海上交通、他地域との婚姻、神々との交流など、非常に多様な性格を持っています。
    古事記の大国主には、大国主神、大穴牟遅神(おおなむぢ)、葦原色許男神、八千矛神、宇都志国玉神という複数の名前があります。また大物主とも同一視されます。
    さらに大国主は、単純な出雲の統治者というだけでなく、親族や協力者の神々とともに、因幡、伯耆、越、吉備、信濃など、非常に広い地域に関わる伝承があります。これは出雲が日本海側などの広域ネットワークの中にあったことを物語っています。大国主は、特定の一人の歴史的人物というより、広域的な神話・祭祀ネットワークを象徴する神だった可能性があります。異なる地域・祭祀・神話に存在していた複数の神格を、後世に「大国主」という神格へまとめたと考えることが可能です。
    国譲りの意味は、単純に出雲王国からヤマト王国という話ではなく、各地に存在していた在地の神々・首長・祭祀伝統からヤマト王権を中心とする新しい政治秩序への移行を、一つの神話にまとめた、と見ることもできます。

    別の視点からの説
    国譲り神話の背景に、出雲東部の意宇を本拠とする出雲臣氏が、ヤマト王権などを後ろ盾にして、出雲西部の杵築を中心とする地域へ進出し、大国主神の祭祀権を掌握した歴史が反映されている、という説があります。この説では、国譲りは、出雲内部の勢力再編を利用してヤマト王権による統合が行われるという政治過程になります。
    そう考えると、国を譲る大国主は、もともと出雲西部を中心とする古い祭祀・政治勢力によって祀られた神だったことになります。そして後に、出雲の複数の神話と在地祭祀、日本海側の広域的な伝承、ヤマト王権の国家神話などが融合して、古事記などに登場する大国主神が形成された、と考えるわけです。
    もっとも、荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡などの弥生時代の出雲と、8世紀の出雲大社・出雲国造の間には、数百年の時間があります。したがって、荒神谷や加茂岩倉で青銅器を使った人々が大国主を信仰し、後の出雲国造へ一直線につながったということはできません。むしろ、「古い出雲の伝統がどこまで後世に継承されたのか?」という問題が残ります。

    2026年10月1日にリニューアルオープンした島根県立古代出雲歴史博物館

    三輪山の大物主との関係
    大和の三輪山に祀られている神は、大物主です。これは大国主とどのように関係しているのでしょうか。
    日本書紀では、下記のとおり、大物主は大国主自身の魂であるとして描かれています。
    大国主が「この国を治められたのは私一人のおかげだ。他に一緒に治める者がいるだろうか」と口にすると、海から神光が差し込み、現れた神が「もし私が素晴らしい国造りをしなかったら、お前一人の力でこの国を治められただろうか」とたしなめます。大国主が「あなたは誰ですか?」と尋ねると、その神は「私はお前自身の『幸魂・奇魂(幸福と奇跡をもたらす魂)』である」と答えます。大国主は「なるほど、私の幸魂・奇魂なのだから、あなたは私自身なのだ」と納得し、その魂(大物主)を大和の三輪山に祀りました。
    また、出雲国造が朝廷で奏上した祝詞「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)」では、大穴持命(大国主)が、自分の「和魂」を大物主神として大和の三輪山に鎮座させたり、事代主神などを皇孫の守護神として配置したりすると語られます。
    これらを読むと、出雲の神がヤマトに征服されたどころか、出雲の神をヤマト王権の守護神として配置するというようにも見えます。
    しかし、大国主と大物主は、古事記と日本書紀でも扱いが異なり、研究上も、同じ神の別名なのか、もともと別の神が後から習合したのかが議論されています。
    古事記には次のように描かれます。
    大国主が「これから一人でどうやって国を造ればいいのか」と案じていると、海を照らして浮かび上がる神が現れます。その神は「私をよく祀るなら、国造りを成功させてあげよう」と言います。大国主が「どのように祀ればよいのですか?」と尋ねると、神は「大和の青垣の東の山(三輪山)の上に祀りなさい」と答えます。著者は「これ(海から来た神)は、御諸山(三輪山)の上に鎮座する神(大物主神)である」と解説を付け加えています。ここで大物主は、大国主にとって自分の国造りを助けてくれた強力な協力者(他者)のようにも読めます。
    日本書紀では、先ほどの話のほか、大物主について複数の異伝が記録されています。8世紀の段階ですでに、大物主は大国主と同じ神なのかという問題が存在していた可能性があります。
    大物主の本拠地は、出雲ではなく奈良盆地東部の三輪山で、三輪山そのものをご神体としているのが大神神社です。三輪山は奈良盆地の東側にそびえ、古代ヤマトの政治・祭祀空間の中心に近い場所です。そこは、ヤマト王権成立期の重要な祭祀拠点だった可能性が高いのですが、なぜそこに大物主がいるのか?
    一つの可能性は、三輪山にはもともと非常に強力な在地神・山の神の祭祀が存在していた、そこへヤマト王権の形成過程で、大物主という神格が組み込まれたというものです。つまり、出雲の大国主が奈良へやって来たというより、もともと三輪に存在した強力な神霊と、出雲系の大国主神話などが後世に習合したという考え方です。

    三輪山の大神神社

    仮に古代ヤマト王権が、「俺たちの神だけを信じろ」と各地の神を排除したのなら、出雲の神が三輪山に祀られることはなかなか説明できません。実際には、出雲の宗教的権威をヤマトの国家秩序に取り込むことにより、各地域の強力な神を神話的に接続したとみることができます。
    出雲の大国主神話とヤマトの三輪山祭祀が、古代国家形成の過程で結びつけられたと見ることができそうです。しかし、三輪山の祭祀を担った氏族が大神氏(おおみわうじ)、一方出雲では出雲臣・出雲国造が大国主の祭祀を担う、この二つの祭祀系統が存在することになりました。

    国譲りには、出雲の神をヤマトの国家秩序の中に配置したという構造が見えます。その出雲の神とは、出雲地域に存在した複数の集団・首長・祭祀集団が長い時間をかけて融合した神話的キャラクターとしての大国主だったのかもしれません。
    やはり「大国主はもともと出雲で祀られてきた神様か?」という疑問は残ったままです。

    とっておきのグルメと観光 記事一覧

  • 箱根仙石原こだわりのカフェ

    ・こだわりのハンドドリップ珈琲『a*maze CoffeeHouse箱根』
    ・木の温もりの人気カフェ『仙石原茶屋』

    食後はやはり美味しいコーヒーを訪ね歩くのが旅の習慣、今回もオススメのカフェを発見、こちらも国道138号線のロードサイドにある『a*maze CoffeeHouse(アメイズコーヒーハウス)箱根』、地味な看板で、見過ごしてしまいそうでした

    こちらがカフェの目印、見落とさないでね
    入口は古民家カフェの風情
    お仲間達と協力してリノベしたらしい店内は、どの席からも大きな窓越しに緑が見えます
    入口でコーヒーの種類と特徴を書いたメモを見比べながら、主人はエチオピア、私はルワンダを注文
    焙煎機も備えている本格派、もちろんハンドドリップ
    小菓子も付いて来たのが嬉しい
    紙のコースターに注文したコーヒーの名前を貼ってくれてオーナーの細やかな配慮を感じます
    2人共にエチオピアが気に入って豆を購入、自宅に帰ってからもしばらく楽しめました、ネットでも購入出来るので是非

    朝9時から営業しているので箱根の早朝散策の途中に立ち寄るのにも便利、珈琲以外もホットサンドやスィーツ等もあるのでランチ利用でも良いと思います
    小田原や平塚にも店舗がある人気店らしく箱根はオープン2年目、多くの人に美味しいコーヒーを楽しんでもらいたいと、コーヒーの淹れ方ワークショップも開催する珈琲愛溢れるオーナーのお店でした

    仙石原の旧きを活かした新しい人気カフェ『仙石原茶屋』
    ススキ野草原の入口の目の前、「仙石高原」バス停から1分にある『仙石原茶屋』、地元に愛された「金時食堂」を3年前現オーナーさんがリノベーション、元の建材をなるべく活かした木の温もりあふれる空間のカフェです
    飲み物メニューは充実、手作りの米粉のドーナツやクッキーが人気、お客さんの要望で種類は少ないですが軽食も有ります、入口で注文・会計をすませて奥の席へ

    コミュニティカフェのコンセプトで、10席以上の大きなオーバルテーブルが一つだけの店内、私達だけだったので奥の席でゆっくり寛げました

    看板メニューは「ほろ苦レトロプリン」、神奈川中央養鶏場の濃厚な赤卵を贅沢に使用した、昔ながらの固めのプリンです、卵のコクとほろ苦いカラメルソースが絶妙に絡み合い、思わず笑みがこぼれます

    スイーツと一緒にオーダーしたのは「仙石原茶屋ブレンドコーヒー」、丁寧に焙煎された香り高いコーヒーは、深煎りながらも飲みやすい味わい
    近年インバウンドに人気の抹茶、京都産の一番茶を使用した「抹茶ラテ」も、甘さを抑えた上品な味わいだそうです
    「かながわの景勝50選」にも認定された、秋のすすき野が美しい季節に、こちらでテイクアウトした飲み物とスィーツを片手に散策するのもオススメです

    車で来られた人の為に、丁寧な案内の看板が、女性オーナーの細やかさが感じられます

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  • 軽井沢駅周辺のグルメ

    ・駅直結の新しい複合施設『軽井沢T-SITE』
    ・気楽に味わうイタリアン『trattoria ABBIOCCO』
    ・スペインの名店が軽井沢に『ホセ・ルイス軽井沢』
    ・お洒落な店の本格中華『麗晶』
    ・京都おばんざい『いろ だいどころや』
    ・赤坂の老舗中華『榮林』

    駅前の旧信越本線の線路跡地を活用した新施設『軽井沢T-SITE』へ、広々とした敷地に、カフェ、レストラン、生活雑貨、家具、グリーンショップなど、日常を豊かに彩るショップが集まっています

    上から見た全体像はとてもシンプル
    ショップのラインナップ、まだまだ伸び代が有りそうです

    洋食の名店が多い軽井沢で和食が恋しくなって、明治4年創業の乾物問屋『尾粂商店』が手掛ける、だし専門店『だし尾粂(おくめ)』の一角にある『食事処おくめ』でランチ

    和食文化の核になる様々な出汁の素材、自分好みにブレンドをお願いして、マイオリジナルな出汁の素をオーダー出来ます
    珍しい出汁の試飲コーナー、専門店の名は伊達じゃない
    スタンダードな和定食メニュー、少し強気な価格ですが、魚は一つ一つ網焼きで手がかかっています
    流石出汁専門のお店、最後だし茶漬けが楽しめるように、鉄瓶にお出汁を入れてくれます

    また、ラウンジサービスを提供する『 SHARE LOUNGE 軽井沢T-SITE』 や、温浴施設『 AQUAIGNIS GARDEN SPA』 など、ゆったりとした時間を過ごせる施設も併設

    かなり広いシェアラウンジ、隣にスターバックスがあるので、テイクアウトして新幹線の時間までゆっくり出来ました
    アクアイグニスのスパ、薬草湯の暖簾が日本の銭湯文化を想起させます

    この施設の開発リーダーの一人・立花哲也さんは、地方創生プロジェクトを幾つも成功に導き、以前から軽井沢のポテンシャルに注目
    軽井沢でこんなプロジェクトを形にしたいと願っていた所、引き寄せるように企業からお声がかかったとか
    将来的にはクリエイティブな人たちが集い、交流し何かが生まれる場所になることを期待し、そのために必要な設備を整え、足を運んでみたくなる居心地のよい空間を意識したとの事、最終的には、軽井沢が新時代を牽引するモデルとなっていければ嬉しいと、軽井沢の未来を想い描いているそうです
    軽井沢の豊かな自然とともに、本や食、ライフスタイルを楽しみ、地域の人や旅行者にとって心安らげる場所として、軽井沢の新名所は夏休み・避暑の季節も重なり、とても大勢の人で賑わっていました

    約5年前に星野リゾートのシェフが開業した『trattoria ABBIOCCO(アビオッコ)』、以前のお店はもう少し旧軽銀座に近かったのですが、軽井沢駅から徒歩10分、ピザの名店として名を馳せた『エンボカ』跡地に去年移転オープンしました

    三角屋根の建物はそのままで、雰囲気のあるスタイリッシュなイタリアンへリノベーション
    インテリアは変わっていますが多分以前のお店の焼き窯を引き継いで、このお店のピザも好評
    メニューは多彩ですが、全て今日のオススメをオーダーしました
    グラスワインの白とノンアルコールのモヒート、主人は提供されたものでお店のワイン選びのセンスを判定、合格だそうです
    5種類の前菜の盛り合わせ
    アサリとタコのプッタネスカ、黒オリーブを惜しげもなく使っていてイタリアンを実感します
    真鯛のグルノーブルソース、フランス・グルノーブル地方の定番レシピ、焦がしバターの風味とレモンのさわやかな香りがお魚をよりいっそう引きたてます

    全ての料理は2人でシェアするのにちょうど良い量で、ライトディナーにピッタリ

    種類は少ないけど、アイスクリームのコーナーも、全てのメニューの中でこちらが一番だったとの口コミが
    昼はアイスクリームをテイクアウトして、お洒落な空間で頂くことも

    軽井沢で、スペイン王室も絶賛するグルメをお手軽に
    料理界の耳目を集めているのが、ホテル「トゥインラインホテル軽井沢」内に2020年7月3日よりオープンした、『ホセ・ルイス軽井沢』です(外来利用可)

    1957年マドリード発祥のこのお店は、スペイン国王から「トルティージャ(スペイン風オムレツ)がスペイン一」と称賛されるなど、王室御用達店として名声を誇っています、軽井沢駅近くのホテルに泊まった時、徒歩で初めて訪問して以来ファンに、ディナーはコースのみになって、コースだと重いので、今回は軽めのランチコースを食べログから予約

    ホセ・ルイス
    暑いので、シャインマスカットのソーダとソフトドリンクを頂きます

    前菜は上の白いカップが、アメーラトマト(静岡で品種改良された高糖度のトマトで軽井沢の特産にもなっている)のガスパチョ、白いトッピングはココナッツのソルベ、暑い日にとてもさっぱりします
    向かって右から、牛すじのコンソメ煮、ムール貝と根菜のマリネ、マグロのスモークサラダ、どれも工夫されていて美味しい

    サラダは生ハムとマッシュルーム、もちろんイタリアのプロシュート、中国の金華火腿並んで世界三大ハムひとつスペインのハモンセラーノ、軽井沢は高原野菜の産地が近く美味しいので、ハムのしっかりした味わいが野菜とベストマッチ

    海老出汁のフィデワ

    あまり日本では馴染みのないパスタのパエリヤで、基本的なレシピは同じでお米をパスタに代えたものです、諸説ありますがバレンシア州の港町でお米が足りなくてパスタを入れたらその美味しさが話題となり、スペインの地中海沿岸やバレンシア地方ではとても親しまれているメニューです
    こちらのパスタは上にカッペリーニという極細麺、下にフィデウア(極小マカロニパスタ)という二種類で、エビの出汁で煮込まれていてとても美味しいです

    デザートのフルーツ

    コース最後のデザートはバスクチーズケーキでしたが、糖質制限中なので食べログで予約する時に、果物に変更希望と書いておきましたが、高温・短時間で焼き上げてベイクドチーズケーキの香ばしさと、レアチーズケーキの滑らかさを併せ持つバスクチーズケーキも魅力的、スペインのパスク地方は美食家を魅了するグルメの街、いつかは訪れてみたい場所です
    (予約サイトは下記)

    ホセ・ルイス

    ディナーはこちらも比較的新しい軽井沢では貴重な高級中華の店『麗晶』、東京の有名店の支店だそうです

    中華店とは思えないスタイリッシュな外観。この駐車スペースとは別に、道路の向かい側に専用駐車場があります
    入口付近アジアンテイストではない彫刻に迎えられます
    お店に入るとしっかりワインセラーが、主人曰く中華料理とワインは合うとの事
    高級感漂う店内のインテリア

    旅行中は部屋飲み(私は飲めないので主人に付き合ってひたすら食べます)が習慣になっているので、ディナーが重過ぎるとその後何も食べられないので、アラカルトで少し軽めに

    お酒等を頼まないとサービスでジャスミン茶のポットを持ってきてくれます、小さなキャンドルで温めながらムードも演出
    大海老の塩卵ソース、あっさりしたから揚げの様なお料理
    信州牛の青椒肉絲、お肉の仕込みが流石プロです、歯応えを残しながら柔らかく、油はしつこさがありません
    信州野菜の黒豆炒め、全ての野菜がちょうど良い火入れで素材が活きてます
    〆の様な小籠包、生姜とお酢のタレで頂きます、黒酢に比べて爽やかな感じ

    全体的に油分、香辛料はかなり抑えめ、私はこれくらいの中華が好みです、食べやすいお料理が多いのと関係があるのか、夏休みの平日ですが中高年の方々で満席、フレンチやイタリアンが充実している軽井沢で、本格的で美味しい中華が頂ける貴重なお店です

    お洒落なカウンターで北京ダック等の仕上げをしていて、オープンキッチンの雰囲気も楽しめる

    いろ だいどころや - 軽井沢で京都の家庭料理を嗜(たしな)む

    「おばんざい」とは京都の一般的な家庭で作られる日常的な惣菜、祖母から母、母から娘へと受け継がれてきた京都の家庭料理です
    かつての京都は新鮮な魚介類が手に入りにくかったため、身近な旬の京野菜や乾物などの食材を使い、和え物・煮物・揚げびたしなど素材の味を活かし、手間をかけずシンプルな味付けで仕上げ、無駄なく使い切ることが特徴
    漢字では「お番菜」が一般的ですが「お晩菜」や「お万菜」と表現されることも、お番菜の「番」は「常用、粗末な」を意味し番茶、番傘などに用いられ、「菜」は「おかず」をあらわす言葉です
    フレンチやイタリアンの名店がひしめき、美味しい和食を気楽に楽しめるお店が少ない軽井沢で、京都のおばんざいを提供している珍しいお店が、駅徒歩2分の『いろ だいどころや』です

    お店は裏路地感のある場所にあって居酒屋風
    意外と奥行きが有って、カウンターの先に大きめの4人席テーブル

    おばんざいも大皿に並べられて、多分カウンター席なら今日食べたいものをこの中から、指をさして注文してもOKかと

    定番メニュー以外に季節感のあるおばんざいも
    素材も味付けも奇をてらわず、でも丁寧さが伝わるお通し、向かって右から筍の煮付け、牛蒡とトマト、炒り豆の甘辛煮
    サービスで出されたメヒカリの唐揚げ、淡白な白身に強めの塩気が日本酒のお供に最適
    長野・北陸の地酒を厳選している感じ
    最近人気の長野ワインでは無く、フランス・イタリア・ドイツ・オーストリアの銘柄ワインを和食と共に味わえます
    甘海老の唐揚げ、しっかり揚げていて殻ごと頂きます、海老の風味を丸ごと楽しめてカルシウムも補給出来てお得
    ミョウガの肉巻きという珍しい取り合わせ、薬味として乗せるよりしっかりミョウガが味わえて美味しい
    軽井沢の焼き野菜、ビーツ・インゲン・ナス・ズッキーニ・パプリカ等8種類位の野菜が、ちょうど良い食感を残して提供されます
    しいたけとなめこの天ぷら、近くに鮮度の良いキノコが採れるのでしょう、なめこが特にオススメ

    割と早目の入店(17:30~)だったのですが、調理は女性オーナーが一人で切り盛りされているようで、いくつか頼んだメニューが今日は提供出来ませんという事も、リゾート地のお店では一皿の量が多くて、食べ切るのが大変なお店もありますが、こちらは2人でシェアしてちょうど良いぐらい
    軽井沢で何故京都のおばんざいの料理屋を始められたのか、聞きそびれてしまいましたが、やはりはんなりと記憶に残る和の味わいのあるお店でした

    赤坂で名はせた中華が味わえる『榮林』

    何時も軽井沢で利用しているホテルがお店から近いのですが、何故か訪れる機会がなく今回初めての訪問になった老舗中華『榮林』

    中華的な赤提灯が目印ですが、軽井沢らしい木造建築の平屋
    ハウスNo.1151(1962年築)、軽井沢に古くから残っている歴史的建物に付けられたナンバー
    混んではいますが席数が多く回転が速い

    昭和31年、ホテルオークラの創立者・大倉喜七郎氏から、「和の雰囲気で新しい中華を」とのアドバイスで、料亭榮林(えいばやし)が中国料理榮林(えいりん)赤坂本店としてリブランド創業、同年7月には『榮林』軽井沢店もオープン
    両店共にそれぞれの地で中華の名店として、多くの人達に親しまれて来ましたが、本店は神楽坂移転後残念ながら2026年の6月に閉店
    本店が閉店したのでカップ麺に店名を冠する元祖『榮林』の酸辣湯麺(スーラータンメン)は、ここ軽井沢の榮林でしか味わえなくなりました
    元々シェフが好きだったスープに麺を入れたのが始まり、多忙な厨房スタッフの賄い食だったレシピが、こちらの看板メニューに進化したらしいです
    これだけ能書きを書いたので、酸辣湯麺の食レポをしたかったのですが、辛さも酸味も苦手なので諦めてスタンダードな中華をオーダー
    因みに今回のブログを書くにあたって酸辣湯麺のコメントを読むと、本場の酸辣湯麺とカップ麺は大差のないクオリティで再現率が高いとの事、気になるけれど軽井沢まで来られない方は、先ずはカップ麺で試食してみて下さい

    五目焼きそば
    春巻きと焼売

    ランチがコースで重めだったので、夕食はこれぐらいで十分、味はあっさりめですがしっかり中華らしい味わいが感じられました
    一品料理は量が多目で(2〜3人分から)高級中華らしいお値段なので、麺類、炒飯、点心のメニューを組み合わせて、名店の味をリーズナブルに楽しむのがオススメ、ジョン・レノンも来店したという老舗中華でした
    (予約サイトは下記)
    榮林

    9月の軽井沢でウォーキングの途中に見つけた実りの秋
    色鮮やかで絵本の一コマのようなキノコ、食べられるのかな

    とっておきのグルメと観光 記事一覧

  • 旧軽井沢の名店グルメ

    ・三笠ホテルのカレーも再現した本格ビストロ『パオム』
    ・ザッハトルテとコーヒーの名店『ぱいつぼおる』
    ・名品の宝庫『ジャムのこばやし』
    ・カフェレストラン『クレソンリバーサイドストーリー』
    ・本格インド料理『サジロカフェ フォレスト』
    ・シェフとソムリエによるイタリア料理『 bank. 』
    ・便利で楽しく過ごせるホテル『グランディスタイル旧軽井沢』

    ランチに旧軽井沢銀座の入口近く、食事よりも手土産グランプリの軽井沢プリンで有名になってしまった『パオム』へ、ビストロを休業していた時期を経て再オープン、ランチ時でもカフェ利用OKで話題のプリンと飲み物だけをゆっくり楽しんでいる人も

    1階にテイクアウト専門のブース
    日本一のプリンが食べられます
    2階がビストロ
    アイアンとクリーム色のテラコッタのプロヴァンス風
    ランチメニューの看板
    ディナーのアラカルト、完全予約制
    ワンちゃん連れにテラス席も有ります

    別荘地として長い歴史のある軽井沢で、都会の名士たちの社交場となっていたのが『三笠ホテル』、軽井沢の鹿鳴館と呼ばれ現在は国の重要指定文化財として保存されていますが、2021年このブランドホテルを地域おこしに活用しようという動きが始まり、『パオム』でも伝統のレシピを再現、フランス帰りのシェフの工夫を加えて完成したカレーが食べられます

    甦った三笠ホテルのカレーとランチセットのサラダと冷製コーンスープ
    もう一つのランチセット、パテドカンパーニュとサラダセット

    カレーはスパイシーなのに辛さは穏やか、しっかり煮込まれたチキンは口当たりがよく、日本人の好みに合う味で、私も好きなタイプのカレーです
    パテとサラダランチは少しライトに見えますが、しっかり厚切りされたパテを2人でシェア、カレーの前菜のようで、バランスの良いランチタイムに

    壁にブルゴーニュの地図
    ポール・ボキューズのメニュー、シェフのフランス修行時代の宝物!?

    口コミにディナーはどれを食べても本格的だと、とても褒めている方々も、次はディナーでお邪魔してみたいと思いました

    旧軽井沢銀座でのお昼の後、美味しい珈琲とケーキのお店『ぱいつぼおる』へ、
    10年前に家族で訪れた時、こちらのケーキ『ザッハトルテ』にハートを射抜かれ、最近はダイエット中でカフェに行ってもケーキは頼まないのですが、こちらのザッハトルテだけは諦められずオーダーしてしまいます

    ウッディで蔦のからまる外観が印象的
    お店は中央に薪の暖炉が有る山小屋風
    オーナーの趣味だったのかバイクの部品がインテリアに
    サイコロ状の木にメニューが書かれています
    2年ぶりの出会い、待ち焦がれたザッハトルテ、程よいスポンジ感に甘さ控えめのクリームが絶妙

    ケーキのクオリティは言うに及ばず、珈琲も丁寧にドリップされていてとても美味しいです、後でオーナーに聞いてみると青山のパン屋さんで出会われたご夫婦で、プロのパティシエでは無かったそうですが、味は分かるので奥様がケーキを焼いてお店で出す様になったとか
    ウィーンを訪れた時名前の由来になった『ホテルザッハ』で、本場のザッハトルテを頂きましたが、こちらの方が美味しいと正直な感想を伝えると、今まで3回位そのように言われたと仰ってました、それぞれ得意なことで支え合うご夫婦のお店です

    旧軽銀座、とっておきのジャム屋さん
    軽井沢土産と言えば真っ先に浮かぶのがジャム、魅力的なジャム屋さんが軒を連ねる旧軽井沢銀座ですが、私が必ず立ち寄るのが銀座通りの奥の『ジャムのこばやし』
    明治時代から日本人と同じく、日本を訪れた海外の人たちに愛された軽井沢、それぞれの食文化を恋しく思うのは当然のこと、有名な老舗のジャム屋さんのほとんどが青果店を営業するかたわら、外国のお客さんのニーズに応えてジャムの製法を勉強し、改良を重ねてジャムの聖地として認知されるまでになったようです
    『ジャムのこばやし』の青果店時代にロシア人からジャムの製法を習い、当時の味を守りながら軽井沢でジャムを作り続けています
    店構えはこじんまりしていますが、定番のブルーベリーやリンゴの他に、プラムの一種である『レーヌ・クロード』(フランソワ一世のクロード王妃が好んだ事でこの名前がついている)、ルバーブ(野菜の一種)等珍しいジャムもあり、何度来てもまた新しい味に出会えます
    ネット注文も出来るのでお世話になった方に差し上げたたら、ご自身でも取り寄せるぐらい気に入ってもらえた友人もいて、普通のスーパーや百貨店等には置いていないレア感もあり、本当にお土産にうってつけです

    旧軽の水辺に咲く『クレソンリバーサイドストーリー』

    旧軽銀座の奥、江戸時代初期からの老舗『つるや旅館』の隣、とても特徴的なトンネルの様な建物が見えてきます、こちらは軽井沢で最近話題のカフェレストラン『クレソンリバーサイドストーリー』
    本格デザート専門店の先駆けとなった「銀座ぶどうの木」の開店以来、「シュガーバターの木」、「東京ばな奈ワールド」、「ねんりん家」などオリジナル商品開発力に支えられ、独自のスイーツブランドを数多く発信し続けた、株式会社グレープストーンが手掛けるお店です

    昔企業の保養所だった土地の木立をなるべく残し建てられたので、迷路のような独特な建物になったと思われます
    自然との共生をテーマにした木のトンネルをくぐります
    レストランの手前はスイーツショップ
    店内は50席あって広々、正面の猪と少年の絵も自然との調和というストーリーを表現しているとか

    11:30〜ランチタイムはメインを選べるランチコースかアフタヌーンティー、13:30以降はサンドイッチやハンバーガー等の軽食も選べます
    私達はランチコースを選びましたが、少し遅いホテル朝食の後こちらで軽食ランチにするのもオススメ

    関東甲信越は9月に入って暑さが一休みで秋の長雨が続き、ずっと太陽の光を感じられない日々でしたが、今日は久しぶりの晴天、この晴れ間を楽しもうと軽井沢らしい木漏れ日の中、ホテルから25分ぐらい歩いて来ると流石に喉が渇きます

    オーストリアのリースリングと巨峰の炭酸ジュース、巨峰の果汁のみでもとても甘い
    店名にもなったクレソンのサラダ、敷地内の小川にクレソンが群生していたのが店名に、素材の苦味がレモン・アンチョビ・チーズと溶け合ってとても美味しい
    じゃがいもの冷製スープ・ビシソワーズ、味付けは控えめですがしっかり主張も有ります

    このお店の評判メニュー『旬野菜のエチュベ、自家製クレソンのラビオリ』、エチュベとは水を加えず野菜の水分だけで煮炊きする調理法、野菜の産地が近く鮮度の良い素材が手に入る立地ならでは一品、ラビオリにチーズが包まれていてその味わいもプラス、二人分がストウブの鍋に入ってきます
    野菜やラビオリは味付けがシンプルなので、それぞれメインのお皿に取り分けて、そのソースで自分の好みに味付けしながら頂くと、とても充実感があります

    エチュベの味付けは塩コショウのみ
    お肉のメイン、ポークソテー、フレッシュトマトソース、蕎麦の実リゾット
    お魚のメイン、鯛のソテー、オリーブ・ケッパー・トマトの地中海風のソース

    蕎麦の実リゾットは歯ごたえがあって、ライスより素材に味わいが有ります、脂身の多いポークに酸味のあるトマトソースがマッチして、爽やかなメインに、お魚は地中海風のソースが白身魚の素材の味を引き立てて安定の美味しさ

    デザートの前にそれぞれ手書きで違う絵付けのカップで、1杯目のコーヒーがサーブされます
    デザートのフローズンヨーグルト、小夏のコンポート、シャンティイのクリーム

    高知では小夏と呼ばれるこの柑橘は、宮崎では日向夏(ひゅうがなつ)、愛媛ではニューサマーオレンジと呼ばれる夏の果物、爽やかな酸味が夏のデザートに合います
    またシャンティイとはパリから40キロの地名で、その城主コンデ公爵がルイ14世を招いて、1000人の宴会を主催した時のエピソードで有名
    宴会責任者ヴァテールが、カスタードを作るために準備していた卵が傷んでいたので、急遽当時としては画期的な砂糖と香料を加えた軽やかな泡立てクリームを考案したとされています
    今ではケーキ作り欠かせないこのホイップクリームが、舞台となった地名にちなみ「クレーム・シャンティイ」と呼ばれるようになり、現代まで語り継がれています
    2024年4月このお店の総料理長に着任した長江桂子さんは、弁護士を志して学習院大学で法律を学び卒業後にフランス留学、大学で学んだ後世界的な料理学校ル・コルドン・ブルーで、ディプロマを取得したという、朝の連続テレビ小説のヒロインになりそうな、異色の経歴の女性シェフ
    2008年三つ星レストラン巨匠「ピエール・ガニェール」パリ本店のシェフパテイシエを務め、2023年7月より『クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢』でコラボレーションした縁でお店の運営を任されています
    10:00〜のカフェタイムからディナー迄、木立に溶け込む癒しの空間で、美味しいお料理とスイーツを楽しめる、旧軽に来たら是非立ち寄りたいお店、ディナーが重い方は、夕方からおつまみ感覚のセイボリーとスイーツ・飲み物を楽しめるハイティーも、もちろんテラス席で頂くアフタヌーンティーも人気です(完全予約制、予約サイトは下記)
    クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢

    次回はアフタヌーティーをテラスで頂き、軽井沢を満喫したいと思います
    先ほどのトンネル仕様ではなくもう一つの入口、森の中にこんな家があったら、楽しそうで訪れたくなりますね

    吉祥寺の本格インド料理を軽井沢で

    サジロとはネパール語で「居心地のよい」という意味だそうです、吉祥寺に本店のある『サジロカフェ』が『サジロカフェ フォレスト』として2013年旧軽井沢にもオープン
    カレーメニューは洋食レストランやカフェに必ず有りますが、本場のインド料理は珍しいこの地域で、ネパール人シェフが作る本場のカレー・ナン・ビリアニが楽しめるお店
    場所は上皇様ご夫妻の出会いの場となった、軽井沢会テニスコートの直ぐ側、一見インドらしくない白いフレンチ風の建物です
    カフェとの言葉通りカフェ利用で飲み物やスイーツだけでもOKですが、せっかくなので本場のインド料理を楽しまないのはもったいない

    インド料理店に見えない、築年数の古い別荘かなと思われる外観
    店の奥には3台くらいの駐車スペース
    中はリゾート感溢れるインテリアで不思議なギャップ)
    スタッフさんが少なく忙しいので、用事がある時はこの呼び鈴を鳴らします
    ランチセットのサラダと甘さ控えめなラッシー、ここも野菜が美味しい
    最近東京でも人気のビリアニセット

    上から左回りでライスボールの様なビリアニ、チキンカレー、ライタ(スパイスヨーグルトサラダ)、パパド(豆や米粉で作るインドのクラッカー)
    ビリアニはバスティマライスのパラパラ感より、日本の炊き込みご飯に寄せた感じ、スパイスとチキンが食欲をそそります
    ビリアニのレシピの始まりは諸説有りますが、インドを代表する壮麗な白大理石の霊廟タージ・マハルに眠る、ムガール帝国の皇妃ムムターズ・マハル考案というもの
    夫である5代皇帝シャー・ジャハンは皇子ではあったものの、兄弟との帝位争いと各地の勢力との戦いに明け暮れ、その兵士達が簡単に栄養補給出来るよう考えたのが、ライス・スパイス・野菜や肉を一緒に調理したビリアニだったとか
    賢夫人で有りながら有力貴族の娘で絶世の美女、皇帝は彼女の存命中他の女性に目を向けず、その死を悼んで壮大な霊廟を建て、お城から眺めて悲しみに暮れていたそうです
    カレーは多分好みや年齢が違っても食べられるようかなり穏やかな味、物足りない人は食卓に追加のスパイスが置かれていて自分好みに出来ます
    ビリアニは味変の為にカレーに入れたり、ライタをかけたり様々な楽しみ方が出来ます、主人はオーソドックスなベジタブルカレーセット、大ぶりのナンも少し分けてもらって両方楽しめました

    ペットちゃん連れの方は店内NGですが、こちらのテラス席はOK

    ディナータイムまで営業、テイクアウトも出来る便利さも相まって、ハルニレテラスにも出店、予約を希望なら旧軽井沢が『フォレスト』(予約可)、ハルニレテラスが『リンデン』(予約不可)なので間違えないように、軽井沢中心に店舗展開が加速している『サジロカフェ』、エスニックの王様インドの底力を感じました
    (予約サイトは下記)
    Sajilo Cafe Forest

    ソムリエとシェフのコラボレストラン『 bank. 』

    旧軽銀座の入口から3分、「ピーターラビット」のショップの角を左に曲がって30m位進むと、目立つ板張りの壁とワインボトルを目印の様に並べているイタリア料理『 bank. 』が見えてきます

    時間が早かったのでまだオープンしたばかり、ソムリエ兼マネージャーの方が、入口に立っていて直ぐ案内してくれました、こちらは東京の人気店で働いていた女性シェフと、軽井沢の炭火焼きの有名店で働いていたソムリエのお二人が始めたお店
    こじんまりした店内はスタッフさんとの距離が近く、オープンキッチンとカウンター席は常連さんや旅行客ですぐ満席に、お客さんとコミュニケーションを取りながら、ソムリエが楽しそうに動き回っています

    メニューは黒板に書かれているものからチョイス

    お店の人気メニューマッシュルームサラダ(素材は生のマッシュルームだけ、そのシンプルな美味しさが評判に)に興味はありましたが、比較的スタンダードなイタリアンをオーダー

    サーモンのカルパッチョ、サラダとルビーレッドのグレープフルーツの果肉を散りばめ、苦み・酸味を味付けに活かした一皿
    ビスク、濃厚な海老の出汁クリームの中に、れんこん・ズッキーニ・エビ・イカが入っていて、シチューグラタンのようなお料理、添えられた軽めのパンと頂くとより一層魚貝の美味しさが際立ちます
    牛ひき肉と鶏レバーのボロネーゼ、ピスタチオ入り、パスタの定番ですが茹で加減がちょうど良くて、レバーやピスタチオという食材が良いアクセントに

    次々お客さんが入ってきてなかなかの盛況、訪れるならやはり予約がベター、お昼はディナーメニューと同じアラカルトとカレーランチもあるので、旧軽銀ぶらの合間にしっかりランチが食べたくなった時にも推せるレストランです
    (予約サイトは下記)
    bank.

    旧軽銀座を十二分に楽しめる新ホテル

    今回の旅の最終日のホテルは旧軽銀座の奥、老舗旅館『つるや旅館』の斜向かい、通りに面していながら銀座の喧騒が少し途切れる絶妙の場所に、2025年8月にオープンしたのが『グランディスタイル旧軽井沢』
    軽井沢にホテルは沢山ありますが、メイン観光地の旧軽銀座の直ぐ側にあるホテルは珍しく、この好立地は旅を格段と便利に楽しくしてくれます
    チェックインカウンターの奥は、軽井沢の緑がまばゆいロビーラウンジ、15:00~22:30までティールーム、16:00~はアルコールやスナック、アイス等が自由に楽しめます

    旧軽井沢銀座通りに面したホテル
    ライトを上手く使ってホテルのレセプションがオブジェっぽい
    森との連続性を意識したのか木が配置されたラウンジ、窓越しに見える本当の緑が鮮やか
    チェックイン後カフェを探したりお湯を沸かしたりする手間が無く、いろんな種類のお茶とコーヒーが楽しめる
    すべて50㎡以上のゆったりとした広さ、部屋はラクジュアリーツイン71㎡~フォレストビュー、普通のホテルならスィートルームです
    旅先での快適な寝心地を提供してくれるシモンズ
    ツインベッドの他に子供なら十分な広さのデイベッドが2つ、2部屋取る必要が無く家族連れにオススメ

    無料ラウンジ、サウナ付きの大浴場(今回は利用しませんでしたが運び湯の温泉)、ホテル内に東京のイタリアレストランの支店等、利用客が望む立地・空間・設備・オペレーション共に隙が無い、緻密なマーケティングで創り上げたプロセスを感じさせるホテルです
    旧軽銀座沿いの立地を存分に活かすために、ディナーは新しくオープンしたイタリアンへ(お店の記事はこちら)
    その前にホテルラウンジ16:00~からのカクテルタイムへ、食前酒代わりのシャンパンやジュースを頂いてからレストランへ、ディナーの後はホテルへ戻って食後酒の代わりに再度ラウンジへ

    氷に入っているのはシャンパン、シロップと炭酸で自分好みの飲み物も作れます
    ジン・ウォッカ・サワーと一通り
    ノンアルコール類は少なめ
    スナックとチーズ
    女子旅には嬉しいアイスクリーム

    ラウンジの横が大浴場なので、館内着で湯上りタイムを楽しんでいる人も、外資系ホテルのようなラウンジと、日本的な温泉お休み処を見事に併せ持ったスペースです
     
    翌朝は朝食付きのプランだったので、ホテル内1階のイタリアレストラン朝食会場へ、味・量共に十分満足できる内容でした

    ホテルの部屋数のわりに席数は多く、朝食会場にありがちな並ぶ必要が無いので、ビッフェ台もゆったり
    窓の外はテラス席
    サラダ・スープ・飲み物・パン・スィーツ等はハーフビッフェで
    4択のメインのオムレツ
    もう一つのメインチキンの炭火焼

    時間が合えばチェックイン前14:30、チェックアウト後10:50、軽井沢駅から送迎バスも利用できます
    近年多くの人で賑わうアウトレットのあるプリンスホテル側とは違う、別荘地として明治時代から時間に磨かれたリゾートの街・旧軽井沢
    老舗、新しいお店が混然一体となり、より魅力的な場所へと進化している観光地を、存分に楽しめるオススメのホテルです
    (予約サイトは下記)

    グランディスタイル旧軽井沢ホテル&リゾート(一休) グランディスタイル旧軽井沢ホテル&リゾート(じゃらん) グランディスタイル旧軽井沢ホテル&リゾート(エクスペディア)

    とっておきのグルメと観光 記事一覧

  • タリアセンと南軽井沢のグルメ

    ・蕎麦の名店『志な乃』
    ・ロードサイドにある個性的コーヒーの『丸山珈琲』
    ・カジュアルながら本格派フレンチ『メリメロ』
    ・タリアセンの案内
    ・モーニングやランチも楽しめる『CLOUD Nine』
    ・朝食も充実している日本食の名店『御厨』
    ・レイクガーデンにある『イレブンシス ティールーム』

    2026年夏 軽井沢グル巡り

    今年も避暑と旅行を兼ねて夏の軽井沢へ、この10年位毎年訪れていましたが、他の旅行が忙しく約2年ぶりの軽井沢です
    昨日まで猛暑の東京でしたが、いきなり気温が下がって軽井沢は羽織ものが必要な涼しさ、でも何時来ても気分を晴れやかにしてくれる空気感が有ります
    軽井沢の楽しみのひとつは、何回来ていてもまだ未発見の新しいグルメレストランを探し当てる事

    先ずは宿泊ホテル近く、軽井沢からタリアセン(塩沢湖)行きのバスに乗って、2年前には無かった『黒柳徹子ミュージアム』(黒柳徹子さんの衣装やコレクションの展示)経由、バス停・塩沢から歩いて3分、軽井沢バイパスのロードサイドのお蕎麦屋さん『志な乃』へ
    厳選された国内そばの実をその日に必要な分だけを自家製粉、そばの実を挽き分けることにより、さらしな蕎麦(蕎麦の芯だけの白い蕎麦)・ おらが蕎麦(蕎麦の中程を中心に挽いた蕎麦)・田舎蕎麦(蕎麦の甘皮を残して挽いた蕎麦)の三種類を、浅間山の伏流水だけで打ち上げた十割蕎麦のお店です

    ロードサイドの塩沢交差点の角、分かりやすい看板とお店
    日によってはかなり待たされる事も、並ぶ人用の長椅子
    メニューはスタンダードなお蕎麦が多い
    私はさらしなとおらが蕎麦の両方が楽しめる相盛り蕎麦
    主人は丸抜き蕎麦実(そば殻だけを取り除いたもの)を、お店で石臼挽きした自慢の逸品「石臼挽き蕎麦」、時間がかかるので数量限定

    鰹出汁の風味が強い蕎麦つゆにくぐらせると、どの蕎麦も歯応えと香りがしっかりとしていてそれぞれ良さが有ります
    日頃蕎麦はザラつきが感じられるぐらいの太めの田舎蕎麦が好きなのですが、ここのさらしな蕎麦は蕎麦の違う魅力を教えてもらいました
    軽井沢の周辺は高原野菜の本場なので、軽めに揚げた夏野菜も美味しかったです、中でも種を取らずにそのまま揚げていたピーマンは、種の苦味が逆に味わいになっていて、料理を作って30年以上立っても新たな食材の調理法を発見しました

    別荘地として発展した軽井沢、食通も多くそれぞれのテーマでグルメが楽しめるのもこの土地の魅力

    信州そばを楽しんだ後そこから歩いて5分、『千住博ミュージアム』の斜向かいに、やはり軽井沢発祥の有名店『丸山珈琲』の軽井沢バイパス店が有ります
    東京にも進出している『丸山珈琲』ですが、ホームページを読むとより良い珈琲を提供するために多方面の努力を積み重ね、地道に一歩ずつ現在のブランド力を築いていった歴史が感じられます

    それぞれの珈琲の風味や香りをフルーツや食べ物に例えたユニークなメニュー、中にはランチと同じぐらいのお値段の珈琲も
    スタンダードな珈琲を楽しみたい人向けのメニュー

    せっかくなのでやはり個性的な珈琲を頼んでみました、後でショップを拝見すると、頼んだ珈琲の生産者の顔写真も載っていました

    私はグアテマラのサンタ・イザベル、苦味とコクが強めです
    こちらが生産者のルイス・バルデスさん、ラテン系のおじ様です
    主人はボリビアのドン・カルロス、こちらもなかなか他では味わえない珈琲でした
    2人の生産者のお名前が載っていますが、Tシャツにプリントされたローマ字を読むと、多分写真の方が珈琲の名前にもなっている、カルロス・マリアカさんかと

    フレンチプレスで提供されるので1.5杯分ぐらい、少しお高いですがその分楽しめるので満足度は高いです、珈琲だけでなくフードメニューにも力を入れていて、8:00スタートという時間でモーニングから早目軽めのディナータイムまで、来店のお客様ファーストを感じられるお店でした

    軽井沢らしいペット連れの人も利用しやすいテラス席
    別荘地は基本クルマ移動なので、駐車場が広いのもポイントが高い

    シェフの信州愛を食するフレンチレストラン
    レストラン『メリメロ』の篠原シェフは小諸市出身、各地で経験を積みながら、約25年前地元信州の食材の豊かさや美味しさに魅了され、軽井沢で念願のお店を開業
    ホームページのブログを読むと食材探しに山に入りプチ遭難や熊との遭遇等、まるで探検家のようなエピソードを綴っておられて、探検家シェフの一皿をしっかり味わいたくなって、久しぶりディナータイムに再訪しました

    塩沢交差点から直ぐの別荘住宅地の中の一軒家
    アットホームなオープンキッチン

    ディナータイムはメイン1択か、フルコースのどちらかを前もって決めて予約、私達は前者です
    先ずはスパークリングワインと、フレンチに合うよう甘さを抑えた限定300本の巨峰ジュースで乾杯

    アミューズの「トウモロコシのエスプーマ」
    ポップコーンを乗せているのが、言葉通りポップです

    冷前菜の「レバーと信州味噌のパテ ルバーブとフランボワーズソース」
    柔らかめのパテとソースをトッピングされた米粉のお煎餅につけると和洋のコントラストが楽しい一皿に、ミョウガと山ウドのピクルスも名脇役としてよい仕事をしてくれています

    米粉と全粒粉のパン、米粉にする事であっさりした感じに

    温前菜の「鮎のコンフィ ナスと蓼酢・鮎の魚醤のソース」
    低温でじっくり揚げた鮎を最後に高温で仕上げ、ピスタチオや青のりを添えた一品、全部食べられますとの事なので全て頂きました、少し骨が当たる事も有りましたが、身はほろほろで香ばしく魚醤という調味料でアジアンテイストに、これも店名のフランス語でごちゃ混ぜというメリメロらしい一品です

    「スープドポワソン」
    フランス語で魚のスープ、ハーブの香りと魚の出汁で日本的な味のフレンチ、添えられているパルメザンチーズの薄焼きをスナックの様に食べたり、割ってスープ入れて味変したりと楽しめます

    次はメインの「アカムツのコンフィ ジュ・ド・ポワソン ヴェルベーヌ・サフラン」
    ハーブの爽やかな味とサフランの香りが白身魚と合っていて夏にピッタリです

    主人のメイン「豚フィレ肉のスカモルツァチーズ焼き 青りんごのソース」
    今回初めて知ったスカモルツァチーズはイタリアのモッツァレラをスモークしたのもの、野菜に乗せて焼いたり、そのままでも食べられるとてもポピュラーな食材

    このレストランの定番、ストウブで炊いた古代米の炊き込みご飯、高山根曲竹と豚足、この流れもメリメロ・ごちゃ混ぜです

    デザートは「信州サワーチェリーのパルフェ 抹茶チュイールと」
    クリーム感の強いアイスクリームと酸味が効いたチェリーのソースがコースの終わりを爽やかに締めくくります

    小菓子も軽井沢らしくお洒落

    予約時に一皿の量を少なめでお願いしましたが、それでも私達の年齢にはかなりのボリューム、最後のご飯はお持ち帰りをお願い出来れば嬉しいのですが、次訪れる時はリクエストしてみたいと思いました

    軽井沢2日目、昨日は断続的に霧雨が降って寒く感じるぐらいの天気でしたが、今朝は薄曇りの散策日和に、ウォーキングもかねて宿泊ホテルから近いタリアセン(塩沢湖)へ、タリアセンはケルト神話に由来して、「知恵者」であり芸術をつかさどる妖精「タリエシン」からきていて、その名の通り湖のほとりに文化的な施設が点在しています
    タリアセンはフォトスポットエリアがA〜Eに分かれていて、ゲートを入って左手に行くとローズガーデン(A)、まっすぐ行くと中の島からペイネ美術館(C)、薔薇は季節が終わっているのでエリアCから散策

    午前中の空いている時間に行ったのですが、開園9:00前既に人が並んでいました
    湖に向かうウッドデッキ
    中の島にかかるアーチ

    入口からまっ直ぐ歩いて橋を渡ると、レンガ色の木造建築にたどり着きます、こちらはフランスのパリの画家でデザイナーだったレイモン・ペイネの美術館、最愛の奥様との愛情あふれる絵を描き続けた作家です

    中の撮影は出来ないので、看板のペイネ作品を
    豪華な美術館というより、大きな鳥の巣箱の様な森にとけ込む建物
    お幸せそうなお二人
    美術館の完成時はお二人とも健在で、オープニングセレモニーに来られたとか、愛情表現豊かなフランスならではの銅像

    作風にあやかってペイネのラブラブな絵を待ち受け画面にすると想いが叶うという伝説が、意中の人がいる方はトライしてみて下さいね
    ペイネ美術館から湖のほとりを登って、ちびっこ広場(D)を通り過ぎると、エメラルド色の瀟洒な建物が見えます、旧軽井沢郵便舎だった建物をタリアセンに移築、現在こちらは『深沢紅子 野の花美術館』になっています

    こんな郵便局なら用事が無くても行きたい
    作品は撮影できませんが、1階の売店の商品群に作品の絵がプリントされているので、雰囲気が伝わるかなと
    少女の絵も好んで描いた女性画家で、「友人の顔をスケッチするつもりで花の絵を描く」、という味わい深い言葉を残しています

    もともと盛岡出身の方ですが、20年ぐらい堀辰雄の山荘を夏のアトリエにして、浅間高原の多くの野の花を水彩で描き、軽井沢に集う著名な文学者とも交流、その縁で本の装てんも手掛ける事が多かったとか
    その建物から少し下り気味に降りていくと、ジブリ映画『思い出のマーニー』の湿っ地屋敷のモデルと言われている『睡鳩莊(旧朝吹山荘)』があります
    アメリカ出身で名建築の数々を日本に残したW.M.ヴォーリズの設計で、当時の財界の重鎮・朝吹常吉の別荘として昭和6年に建てられ、その長女でありフランス文学者でも有名な朝吹登水子さんが、夏場を過ごすためこの建物を引き継いでいました

    水辺に映える別荘
    ご家族で暮らしていた時、特にお気に入りだったという薪の暖炉があるホール、この日は現代アーティストの越ちひろ展会場に
    横からの見た睡鳩莊、野の花を添えると軽井沢らしい趣が、映画のモデルになるはずです

    タリアセンのゲートを出て右手に進むと、浅間山のすばらしい眺めを望める塩沢湖畔で、軽井沢の豊かな文学世界を体験してもらう為に、昭和60年8月に開館した軽井沢高原文庫(B)が有ります
    100年以上前から日本の中の西洋と言われ、高原の避暑・別荘地として数多くの作家・詩人たちに愛され、同時に多くの文学作品の舞台となってきた軽井沢、その軽井沢文士村とも呼べる施設が点在しています
    最初に泥川という一級河川を渡った先に、作家・有島武郎ゆかりの建物『浄月庵』が見えます、エリート官僚で財界人であった父・武が、明治末期から大正初期に三笠に建てた別荘を譲り受け、1916年(大正5年)から毎年夏を家族と共にこの地で過ごしていましたが、後に文豪たちを魅了した美貌の女性編集者と道ならぬ恋に堕ち、45歳の時共に人生を終えた作家の終焉の場所となりました
    有島家は当時の財界、芸術家、芸能関係との縁戚関係が深く、親族も多方面で活躍した人材の宝庫だったようで、有島武郎の心中事件は知識人から、同情よりも「少女趣味」、「不正の死」との批判も多く、それだけ早すぎる死が悔やまれたのかも知れません

    泥川の名前の由来が分からない清流と溢れるような緑
    1Fはライブラリーカフェ「一房の葡萄」、2Fは有島武郎記念室として公開されています

    作家の作品名のカフェに立ち寄ろうとしたら、開いていませんでした、後で確認すると閉店中の3文字が、ホームページは良く読むべきでした
    その浄月庵から道路を渡った所に、旧軽井沢から移築した堀辰雄が愛した山荘、やはり移築された野上弥生子の書斎、前庭に立原道造”詩碑”、裏庭に中村真一郎文学碑が建立されているなど、明治・大正・昭和・平成と続く、軽井沢ゆかりの文学者たちの歴史を見ることが出来ます

    堀辰雄の山荘、軽井沢を舞台に薄幸なフィアンセとの別れを描き、映画化もされた「風立ちぬ」が有名
    「女性である前にまず人間であれ」と後進を叱咤激励した野上弥生子先生の書斎
    軽井沢高原文庫の展示資料館

    ちょうどこちらで軽井沢にアトリエを持ち、「軽井沢の山中独居で学んだものは計り知れない」と、この土地の魅力を語っていた日本画家・堀文子展を開催していました  
    81歳で代表作『幻の花 ブルーポピー』を描くために、ネパールの標高五千メートルの山々へ花のスケッチを敢行、その過労がたたったのか83歳の時生死の境をさ迷い、目覚めてから自分の細胞一つ一つが必死に生きようとしたとの名言を残しました
    その経験から微生物の活写に画家としての生きがいを見出し、100歳の命尽きるまで、生命の賛歌を描き続けた方です、絵画は詳しくないのですが代表作は美しいだけではない、花の荒々しい生命力を描いた傑作と、どなたかが書いていた事を思い出しました
    実際の絵は何処に行けば見られるのか調べてみましたが、私は見つけられませんでした、やはり幻の花なのでしょうか

    堀 文子展 いのちのつながりのポスター

    この日のランチは宿泊ホテルから歩いて5分の『CLOUD Nine』へ、去年オープンの新しいお店です、店名である“ CLOUD Nine “(クラウドナイン)とは、「最高に幸せな気分(有頂天)」という意味があり、これは第9の雲(積乱雲)が最も高い位置にあることから、「最上級の幸せ」を表すのだとか
    別荘や長期ホテルの滞在者には有難い、7:30〜10:00のモーニング、11:30〜15:00のランチ、7:00〜17:30カフェ、完全予約制で18:00〜ディナーに加えて、ケータリング・出張シェフ・キッチンカー・フードロス対策等を手掛けている、いつ休んでいるのですかと心配になるオーナーのお店
    ランチは本日のメイン・パスタ・キッシュの3択ですが、キッシュが無かったので、メインとパスタをオーダー

    お店は花に囲まれて軽井沢らしい
    ウェイティング中のお客さんが飽きない工夫にほっこり
    テラス席か店内かを聞かれて迷わずこちらへ、テラス席はこじんまりしていますが、軽井沢の風は何よりのスパイス、食事が数段美味しく感じます
    サラダとパンとスープが付いてきます、フォッカッチャが美味
    イタリアハーブのミートボール・サルシッチャのパスタ
    鶏もも肉のコンフィ、低温調理でジューシーな食感、野菜の鮮度は抜群です
    デザートはブラマンジェ・ミックスベリーソースとレモンのジュレを添えて、食後私はカプチーノ主人はエスプレッソ

    個人的な好みでもう少しアルデンテでオイリーなパスタが好きな私は、少し物足りなさが有りましたが、コース全体のバランスが良くとてもオススメ出来るランチです、カフェ利用も出来るので珈琲だけ飲みに来てもOKのクオリティでした

    軽井沢の里山に日本食のふるさとが
    お洒落な旧軽銀座やアウトレットから車で約10分、ホタルの里や地域の物産店が集まる発地市場からも近い場所に、とてもオススメの和食の名店が有ります
    ここは軽井沢の一般的なイメージとはまた違う自然豊かな里山、その中でできる限りお店の側で育てた野菜とカマドで炊き上げる、素朴で有りながら雑みのない和食を提供してくれるのが『御厨(みくりや)』

    築100年の古民家を移築した店内、主にファミリーが案内されるお座敷とテーブル席
    ペットちゃん連れ専用のテラス席、軽井沢らしい配慮も
    お店の裏庭の菜園
    中央の囲炉裏も味が有ります

    モーニングとランチ、それぞれ3択ですが一品料理もあって充実しています、私はシンプルに卵かけご飯セット、出汁が効いた根菜たっぷりの豚汁、湯豆腐、きんぴら、コロッケ、日本人なら喜ぶメニューのオンパレードです
    主人は信州味噌と出汁で味付けされている、朝のとろろ汁膳、オプションで卵を頼んでTKGも楽しめました

    お櫃に入れてくれる2人分のご飯は少しおこげも残っていて、若い人たちにも十分な量、充実した朝ごはんでエネルギーチャージ、軽井沢を楽しむスタートにピッタリのお店です
    (予約サイトは下記)

    御厨

    軽井沢の南にあるレイクガーデンの側にある『イレブンシス ティールーム』へ、ガーデンはヨーロッパ調のオブジェや店舗・ホテルが湖の周りに点在して、日本であることを忘れる素敵な場所、今まで2回ほど訪れているので、今回散策は割愛し次の予定時間まで軽井沢の風を感じていました

    入口が分かりにくいですが、店名では無くイギリス国旗とツインのウサギが目印
    渡り廊下からテラス席の景色
    直ぐ近くのショップ、イギリスやヨーロッパ調の小物のディスプレイが素敵
    イギリスティータイムの定番スコーンとエリザベス女王のミニチュア
    イギリス中世からの伝統菓子キャロットケーキ
    お洒落なティーカップを期待しましたが、シンプルな器とティーポット、お茶は美味しかったです
    キッチンの目隠しにも美意識を感じます

    軽食も充実していてランチの人が多そうでした、直ぐ隣に有名なブラッセリーもあるので、このガーデンが一番見頃を迎える薔薇の季節にまた訪れたいです

    多数の季節が共存する軽井沢の不思議
    軽井沢は標高が高く雨が多く、昼夜の寒暖差のある独特の気候で1日の中で季節が入れ替わり、晩春、梅雨、夏、秋の草花が並行して咲いている珍しい場所
    清涼な空気と水のおかげで花々が魅せる瑞々しい風情は、画家や作家の感性を呼び覚まし、インスピレーションを高める魅力があるのでしょう、その姿を最後にお楽しみ下さい

    シーズンは過ぎましたが名残のように咲いているベンジャミン・ブリテン
    紫に見えますが薔薇名はラプソディインブルー
    8月の初旬、こんなに紫陽花が生き生きと
    秋の七草、おみなえし
    同じ七草の桔梗
    花ではないですがキノコの山
    野菊だと思います
    でもやっぱり夏でした

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  • 元箱根のカジュアルレストラン・カフェ・唐揚げ店

    ・カジュアルイタリアン『芦ノ湖テラス』
    ・オリジナルのうどんが美味しい『絹引の里』

    ・芦ノ湖を望む和カフェ『湖紋』
    ・金賞の唐揚げを楽しめる『箱根唐揚げKARATTO』

    芦ノ湖畔で最も賑わっている元箱根には、遊覧船乗り場や土産物店などとともに、多くのレストランがあります
    そのなかで、カジュアルな二つのレストランを紹介します。

    お店から芦ノ湖が良く見えます
    バジルとアーモンドのトラパネーゼ、イタリア・シチリアの郷土料理パスタ
    てんぷらの様に見えますが三島野菜のフリット
    鮮魚のアクアパッツア

    地元食材を使ったオーソドックスな味のイタリアン、ピザやアラカルトメニューも好評で、夜も営業しているお店が少ない元箱根で使い勝手の良いお店です
    (予約サイトは下記)

    芦ノ湖テラス

    元箱根の鳥居が目印、ここから歩いて直ぐ
    入口にうどんの製法が刻まれた看板が、かなりのこだわりが感じられます
    一見蕎麦の様に見える絹引きうどん、細麺でもしっかりした腰があり濃い目のつゆと相性が良いです

    絹引の里
    神奈川県足柄下郡箱根町元箱根6-10
    0460-83-5151

    食事を終えて通りに出ると夏至近くだったので6時ぐらいまで明るく、箱根神社の水中鳥居を見ることが出来ました、この景色を見ると箱根に来たと実感します

    箱根山の終着点の和カフェ『湖紋』
    小田原始発の箱根登山バスは市街地を走り、山の麓の箱根湯本を過ぎると、早川の流れを右手に見ながら、芦ノ湖を目指し深緑の山々を縫うように登ります
    その終点が海賊船の停留所の一つ箱根町港、箱根の関所があったこの辺りは、バス停と海賊船の港が交差する箱根町港と、元箱根港の2つを中心に街が広がり賑わっています
    バスの停留所を降りると、複合施設「茶屋本陣 畔屋(ほとりや)」の前、吹き抜けの開放感ある建物で江戸時代の宿場町の雰囲気を再現、1階のお土産処「箱根百話」や四季折々の木々や草花を楽しめる庭園も整備、2階の和カフェ『湖紋』ではランチ、スィーツ、本格的な珈琲も楽しめます

    終点なので迷わないです、一見して読めなかった畔(ほとり)
    こちらの入口から入ります
    ショップを通り過ぎた所にエレベーター
    その反対側に階段、どちらでも2階に上がった先に『湖紋』が有ります
    カフェ自慢のレイクビュー、ウェイティングの場所からでもこの景色
    入店の順番待ちチケット、QRコードを読み取るとLINEで状況を知らせてくれる

    ランチも珈琲も宮ノ下にある富士屋ホテル系列の『ピコット』(詳しい記事はこちら)で頂いたので、夏の水分補給の飲み物をオーダー

    お店オリジナルのシロップを使った炭酸ジュース、向かって右がピンクレモネード、左が梅ソーダ
    窓から庭園と芦ノ湖、海賊船のショット

    この日は8月の終わりで各地40℃前後、東京も猛暑日で、標高700mの芦ノ湖も涼しいとはいえやはり夏日、それでもあちこちでミニ七輪で焼いたお団子を楽しむ人達の姿が、自分で焼いて好みの味で楽しむスタイルでカフェの人気メニュー

    向かって右のページが七福だんごと本陣だんご、度々箱根に来る予定なので、またその時に味わってみたいです

    お店を出ると果物野菜の直売所、庭園の先が箱根町港、午前中に対岸の桃源台から乗って湖を巡り、ここで降りてカフェに寄るスケジュールもオススメです

    ちょうど海賊船が到着、乗客の大半がインバウンド
    正月恒例箱根駅伝の往路ゴール、復路スタート地点はすぐ隣

    和カフェらしい御膳ランチも有り、芦ノ湖を見ながら様々に楽しめるお店です

    金賞の唐揚げを楽しめる『箱根唐揚げKARATTO』
    箱根海賊船 元箱根港を降りて、一の鳥居の交差点を渡り『絹引きの里』を通り過ぎた2軒先、2018年「からあげグランプリ」バラエティ味部門で金賞を受賞した『箱根唐揚げKARATTO』が有ります
    日本唐揚協会は18年の歴史があり、筆記試験に合格すれば、協会発行の名刺を取得、協会認定のカラアゲニストとして活動することが出来ます
    今年から唐揚文化のさらなる発展の為に、「からあげグランプリ」は審査員による選考方式から、協会認定カラアゲニストの全員審査方式へと変更されました

    向かって右の金賞の旗が目印

    ホームページを読むと協会の唐揚げ愛がひしひしと伝わる熱さ、部門が多く金賞も多数の店舗に授与されるので、日本一という栄誉ではありませんが、各地域の個性豊かな唐揚げが食べられるお店マップという感じです
    『箱根唐揚げKARATTO』の特徴は注文を受けてから揚げるこだわりと、店内にもワンちゃんと一緒に入れて、愛犬用のお食事プレートもある懐の深さ、テイクアウトも出来るのでもちろん唐揚げを注文、ホテルで頂きました

    ハーブを効かせた唐揚げはオードブル感覚で食べられます、クリームチーズは味変用にとの事

    その他のテイクアウトと合わせて、部屋飲みのおつまみに最適かと、もちろんランチプレートも充実しているので、店内でランチを楽しむ人達で賑わっていました

    注文するとメニューによっては10〜20分位かかりますと言われ、その間周りに沢山あるお土産店を見たり、時間を有効に過ごせます、営業は昼過ぎまでなのでこちらもお早めに

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  • 大井町トラックス 鉄道とともに賑わう街へ

    人を運ぶ基地から交流する街へ

    大井町は明治以降、鉄道・工場の街として発展してきた歴史があり、JR東日本の説明では「鉄道車両工場から始まり、地域と共に歩んできた場所」との事、その場所に今年JR東日本が開発した複合施設『大井町トラックス(OIMACHI TRACKS)』がオープンしました
    1901年(明治34年)に大井町駅の前身である大井連絡所が設けられた後、1915年(大正4年)鉄道院の車両工場として大井工場が開設、さらに1967年(昭和43年)に電車の車両基地が整備され、現在東京総合車両センターと線路群があり、車両の検査修繕と山手線車両基地の役割を果たしてきました
    1927年(昭和2年)には目黒蒲田電鉄の大井町駅が開業、2002年(平成14年)にりんかい線が全線開業するなど、この駅の鉄道ネットワークが拡がりを見せる一方で、隣接している現在の大井町トラックスの土地には、鉄道施設に勤務する国鉄職員のための旧国鉄広町アパートがあり、その後の老朽化・耐震性の問題などから2013年に閉鎖・解体、広い空白地帯が残りました
    そこで品川区とJR東日本がこの広町地区のまちづくりについて共同検討を開始、その後UR都市機構も事業化検討に参加、テニスコートやサーフィンプールなどを備えたスポル品川大井町や、劇団四季のキャッツ劇場がオープンし、暫定利用だったその設備が2021年に閉館、品川区は「大井町駅周辺地域まちづくり方針」を策定、約6.1haについて土地区画整理事業が認可されました
    JR東日本は、都市生活共創拠点として、約5年の歳月をかけて商業、オフィス、ホテル、レジデンス、シネマ、コンファレンス、広場などを組み合わせた複合施設として大井町トラックスを整備し、大井町駅に新しい改札「トラックス口」 を設け、2026年3月28日に街開きが行われました
    「TRACKS」というネーミングは鉄道の線路=tracksを連想させ、明治以来続いてきた大井町を「鉄道の街」から「鉄道を核とした都市生活の街」へ変貌させ、現在も稼働する鉄道施設を背後に残したまま、その南側に新しい街を重ねるという、大井町らしい再開発が完成
    大井町トラックスの特徴は屋外の通路に沿って店舗が並ぶアウトモール型ショッピングセンター、流線型の屋根に沿って様々な店舗が並び、その周りにトラックスパーク、クロスプラザ、ステーションプラザという広場が配置され、車両基地という他では見られない風景と相まって独特の開放感を演出してくれます

    オープンしたばかりのステーションプラザ、既に都民の憩いの場に
    ホテルタワーとビジネスタワーの橋渡しのようなクロスプラザ、ウッディで和みます

    この再開発の中心のひとつになっているのが、駅直結26階建てのホテル・レジデンスタワーの5~13階と最上階のルーフトップバーを運営する『ホテルメトロポリタン 大井町トラックス』、メトロポリタンを冠する17館目になるJR東日本ホテルズの新しいホテルです

    この案内の改札「トラックス口」が目印
    改札を出るとホテルは目の前
    都会に有りながら自然を感じさせるというコンセプトのレセプションやラウンジ

    上記のコンセプトを感じるのか都内のホテルでありながら、家族連れの子供達が楽しそうに過ごしていてリゾートホテルの様な雰囲気がありました
    フロントは近代的なホテルらしく、スタッフもいますが自動チェックイン機が並んでいて、私達は慣れないので機械式のチェックインを受付の人にサポートしてもらいました
    部屋はグリーンやブラウンというアースカラーを使ったシンプルモダンなインテリア

    森小屋をイメージしたという室内
    角部屋から山手線の車庫が良く見えます
    あまり他のホテルでは見かけないシンク周り
    お洒落なブックマークもあります

    ラウンジサービスで飲み物が頂けるとの事で、荷物を整理してから降りていきました、暑かったので水分補給にモクテルをオーダー

    メニューはモクテル、グリーンティー、珈琲等
    向かって右がアップル系KOMOREBI、左がコーヒー系のCASCARAでホッと一息

    Suica等の普及で切符を切るという仕事が無くなりましたが、ラウンジのインテリアに切符の切り口(鋏痕きょうこん)の一覧表が、それぞれの駅で形が違うという事を初めて知りました
    (予約サイトは下記)
    ホテルメトロポリタン大井町トラックス

    ディナーの予約時間30分前に部屋を出て、『大井町 トラックス』の中を見学です、まず4階の中央部のスペースを占めているのは『サウナメッツァ大井町』、都心の新施設にサウナと不思議に思って調べると、中高年の娯楽というイメージから若い世代を中心に、「デジタルデトックス」、「マインドフルネス」、「疲労回復」等のニーズを満たす複合施設という認識に変化したようです
    大井町の車両からイメージした「トラムサウナ」や、希少な木でできた森の静寂を感じられるサウナ等、リカバリースパというコンセプトで重要な集客コンテンツへと変容し、高度情報化社会の中で心身を整えながら、より五感のリアリティを取り戻す場所へと進化した新業態です

    中には仮眠・コワーキングスペース、レストランも併設されていて長時間過ごせます
    人口に対するお寿司屋さんが日本一多いという仙台塩釜の人気寿司店『塩釜港』、安く美味しいお寿司が頂けるとの事、行列必至
    大井町の人気焼肉店『銭場精肉店』を誘致、ボリュームがあってコスパが良く、お肉好きの人は大喜びのお店だとか
    こちらはスペイン・メキシコ料理『リザラン』、ランチビッフェが人気

    3階は『TOHOシネマズ 大井町』と『シェアラウンジ』等の文化的な施設が大きなスペースを占めています、テレワーク~グルメ~観劇~スパ等一つ一つ大きく移動する必要が無く、シームレスに様々なアクティビティをこの中で軽やかに完結できるのも大井町トラックスの魅力

    最新の音響設備でより臨場感のある映画体験が出来る
    映画館隣のフードコート『WELLSIDE TABLE』、世代や好みが違ってもそれぞれ食事を楽しめるのがメリット
    お店のラインナップ
    日曜でもなかなか盛況のシェアラウンジ、仕事、勉強、読書に励む様子が微笑ましい、若者よ大志を抱け
    昔子供たちが楽しみにしていた夏休みのポケモンラリーイベント、今でも健在

    2階はカジュアルで小さめなお店と、アトレで定番のコスメショップ、アイウェア、スーパーが中心

    蔦屋とコラボのスターバックス
    戸越銀座の商店街で有名なライスボール・おにぎりの専門店『戸越屋』、意外といい価格でびっくり
    写真奥がとんかつの激戦区蒲田に本店がある人気店の『とんかつ檍(あおき)』、仕入れのお肉はもちろんの事、ころも、脂、お米、ソース全てにこだわった名店だとか、ここも行列が出来てました
    こちらは食べログ100名店、六本木の人気ブーランジェリー『L’Atelier du Pain』

    いろいろ魅力的なお店が沢山ありましたが、あらかじめ予約していた3Fの『トラットリア GONZO』へ、目黒駅近くの人気店がトラックスに出店、メニューは本店とほとんど変わらず、取り分けながらワイガヤと楽しむイタリアンらしい雰囲気で量も多めな感じです
    (予約サイトは下記)

    トラットリア GONZO
    テラス席も含めると95席、かなりキャパのあるレストランですが、18:00以降ほぼ満席、予約は必須です
    飲み物はブラッドオレンジジュースと赤のイタリアワイン、モンテプルチアーノ
    ホタテ貝柱の旨味とビーツの甘みをさわやかなレモンビネガーでまとめた彩り豊かなサラダ
    味わいの違う4種類のチーズのハーモニーを楽しめるピザの定番クワトロフォルマッジ、生地の耳まで美味しいと書かれていましたがその通りでした
    黒豚のグリリア(イタリア語でグリルの事)、炭火で一気に焼き上げているので表面は歯ごたえがあり香ばしく中はジューシー、フレッシュトマトとマスタードソースでさっぱりと
    少し見えづらいかも知れませんが、カウンター席の奥GONZOのロゴの下がピザ窯、多分お店のオープンからクローズまで、炭火が赤々と燃えています、この暑い中美味しいピザを焼いてくれるシェフの皆様有難うございます

    部屋で一服したらホテルのルーフトップバー『ザ トラベラーズハウス』へ、一度レセプションのある5階に降りてすぐ向かいの最上階直行のエレベーターに乗り込み数分、森の秘境をテーマにした緑の間を通り抜けて地上100mの空間へ足を踏み入れると、息をのむ東京の夜景が広がります
    テラス席を予約していて正解でした、昼間は35℃の東京も夜と地上から離れた事であまり暑さを感じません、心地よい夜風に吹かれてこの景色を存分に楽しめました
    (予約サイトは下記)
    ザ トラベラーズハウス

    この角度の夜景が特に素晴らしい
    こちらはカップルや少人数で楽しめるボックス席、4月撮影
    シャンパンで東京に乾杯
    一番上で光るのがスカイツリーの警告灯、時々色がブルーや赤に変わるのも興を添えてくれます
    4カ月前に撮った全景、スカイツリーと東京タワーの共演、車両基地が山手線のシンボルカラーのグリーンでライトアップ
    レストラン内の席からも夜景が楽しめるように設計されています

    お酒の飲める人もそうでない人も楽しめるように飲み物の種類は多種多様、お料理もしっかり提供してくれるのでディナー利用も可能です

    次の朝、部屋から山手線の出発前の整列を見る事が出来ました、東京の人の輸送の大動脈を担う鉄道のお仕事前の姿です、一台また一台と車庫から出かける姿を見ると東京の朝だなぁと感慨深い気持ちになります

    車庫に戻った夜の山手線の整列、ライトを消さずに停車するのでこんな景色になります
    今朝の山手線、この珍しい景色に鉄道ファンなら絶対テンションが上るでしょう

    朝食はホテルの『ザ テーラーヤード メインダイニング』へ、ヨーロッパの食堂車をイメージして、鉄道の旅を楽しんでいるような気持になってもらいたいとのコンセプトで作られたフレンチビストロダイニング

    テラス席もある店内
    車両基地を見ながらの朝食もおつです
    ビッフェの種類はそれほど多くないですが、サラダ、ホットミール、パン、果物、ジュースと一通り揃っています

    ビッフェとは別に世界の朝食を巡るをテーマに、ベトナム・日本・イギリスの三つのお料理から一つ選べます

    主人はベトナム朝食の定番フォーガー、現地で忙しい朝は家族で屋台朝食が定番、三食自宅で食事を取る日本の習慣はアジアの中では珍しいそうです
    私は日本の穴子飯、瀬戸内海の特に広島・宮島で食されるご当地グルメ

    ホテルの部屋によっては車両基地側の見晴らしの良い景色を望めない事もあるので、ダイニングに来れば必ず大井町トラックスらしい風景を見る事が出来きるのもこのレストランの魅力の一つ
    (予約サイトは下記)
    ザ テーラーヤード メインダイニング

    チェックアウトして、ランチ代わりにやはり目黒の人気店『レ ジュ ド ベベ(フランス語で赤ちゃんのほっぺ)』のパンを買って帰ることに、3階の奥にあると地図に載っていたので探しましたがなかなか見つからず、ディーンデルーカのカフェとショップの間を通り抜けた先にありました
    とても分かりづらいのですが、たどり着くと広々したショップとイートインスペースがあり、とても賑わっていました

    この看板を探してください
    朝食が充実しているとの口コミで、朝から行列が出来ています
    車両基地ビューのテラス席も
    パンの品ぞろえは豊富、とても迷います
    クロワッサンとパンオショコラ、ラザニア等自宅用に

    どのパンも流石のクオリティ、口コミで東京一美味しいと押している人も、近くに寄った際はまた買いたくなる名店の味でした
    麻生台ヒルズや高輪ゲートウェイの様に近未来都市の趣ではなく、新しい街でありながらエスカレーターを降りると、旧来の街中へそのままアクセスできるカジュアルさも魅力の大井町トラックス、出来れば一昼夜かけてプチ旅行気分のリフレッシュをお勧めしたい
    午前中空いている時間に映画鑑賞 → お好きなレストランでランチ → 来週の仕事の準備や情報整理 → ホテルにチェックイン → ホテルラウンジでゆったり → ヒーリングスパでデトックス → お好きなレストランでディナー → ルーフトップバーで夜景観賞 → 少し遅めのホテル朝食かパンの有名店でブランチ → ホテルをチェックアウトしたらショッピングを楽しむ
    次の週末、大井町トラックスでこんな楽しみ方はいかがでしょう

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  • 箱根宮城野と強羅のグルメ

    ・宮城野の人気店『ぱんのみみ』
    ・強羅公園内のサンドイッチ専門店『一色堂茶廊』

    東京の梅雨明け宣言から数日、一気に災害級の暑さと言われる2026年の夏が始まりました
    避難するという表現がふさわしい高温の都心は少し歩くだけで足元がおぼつかなくなる位、サハラ砂漠の真ん中にいるような熱風に包まれます
    元々梅雨明け10日というこの時期は1年で一番暑い時期、前もって箱根へ避暑に行く予定を組んでいて本当にラッキーでした
    この暑さは箱根にも影響するのか、避暑地と呼ばれる仙石原も日中は連日30℃以上、避暑とも言えない気温ですが都心の暑さに比べればとてもしのぎやすく、暑さに弱い私は命拾いしているような気持ちです
    せっかくなので今回の箱根旅行でも、今まで行ったことが無いお店のグルメ探訪です

    ランチは箱根の人気店『ぱんのみみ』へ、以前週末に行ったらかなりの行列で諦めたお店ですが、今日は平日すんなり着席できました

    入口が少し狭いけれど、店の前に駐車場がある
    店内はオーナーの趣味の造花が多くメルヘンでかわいい

    何度もテレビで紹介されているので、入り口近くにサインや写真がいっぱい

    芸能人に詳しくないのですが森三中のおひとり?
    この人は流石にわかります、まいうー

    前もってこちらの名物を注文すると決めていたので迷いなくオーダー

    夏バテに効くとの事でお手製赤しそのジュース、さっぱりとした紫蘇の香りがグッド
    やっぱりこちらです、『ぱんグラタン』聞きしに勝るボリューム

    パン1斤を半分にカット(パンはやはり箱根の名店・渡辺ベーカリーのもの)、その真ん中をくり抜いてシーフードグラタンを入れ、たっぷりのチーズで焼き上げたもの、確かに多くのカフェや洋食のお店に立ち寄って来ましたが、このような豪快なメニューは初めてです
    周りのパンを手でちぎってシーフードのクリームソースのようなグラタンにつけて食べて下さいとの事、二人でシェアしても十分な量です、物珍しさもありますがパンは香ばしくグラタンも濃厚で食が進みます
    一見ならぬ一食の価値ありの箱根グルメ、口コミを読むとパスタやオムライスもなかなかのクオリティとの事、また今度違うメニューも楽しんでみたいと思いました

    アフタヌーティーも紫陽花づくし
    箱根の紫陽花巡りは強羅公園の紫陽花を楽しんだ後、公園内のサンドイッチ専門店『一色堂茶廊』へ、ランチでも紫陽花を楽しみました、期間・数量限定ですがあじさいアフタヌーンティー、行く前に予約をすると確実です

    サンドイッチは一人一種類選べます
    ティーセットの器はイギリスのバーレイ社、お皿はティファニー
    八角形のドーム型の店内はどこからでも公園の景色が望めます

    とっておきのグルメと観光 記事一覧

  • 紫陽花(あじさい)と箱根の自然を楽しむ

    ・箱根ガラスの森美術館
    ・強羅公園
    ・大平台「あじさいの小径」
    ・箱根の自然

    山が虹色に染まる雨の箱根路

    一度は行ってみたかった梅雨の箱根路、何度も訪れていますが意外とこの時期の箱根を旅した事が有りませんでした、もちろんお天気には恵まれませんが、訪れた人達を七色の紫陽花が楽しませてくれるのがこの時期ならではの魅力
    箱根の深いグリーンを背景に雨に打たれる花々が、何処を切り取っても絵になる山の風景を演出してくれます
    先ずは旅のスタート地点、箱根湯本の早川のあじさい橋、元々違う名前だった橋が平成8年早川の環境整備を進めるタイミングで、箱根を代表する花の名前に改名されました
    紫陽花が如何に地元・箱根の人々に愛されているかが分かるエピソードです

    湯本でのグルメとカフェを楽しんだ後(その記事はこちら)、ガラスと本物の紫陽花の共演が楽しめる仙石原にある『ガラスの森美術館』へ 
    『ガラスの森美術館』は箱根の山と豊かな水を園内に取り入れ、イタリアのヴィラ風の建物が点在し、異国情緒とガラスの展示が美しくリピーターの多い美術館、私もとても好きな場所のひとつです

    入口に咲く?色褪せない七色の枝垂れ桜
    異国情緒あふれるガーデン
    有名な光のトンネル

    この時期の見所は1万5千個のクリスタルガラスのオルテンシア(イタリア語で紫陽花)と本物の花の共演

    晴れているとガラスのオルテンシアが虹色の光りを放ちます
    珍しい八重と円錐の形をした八重カシワバアジサイ
    この風景に溶け込むと野生の鴨も急にお洒落に見えます

    紫陽花のヨーロッパ名・オルテンシアはそのまま女性の名前にもなっていて、フランスルイ14世の治世で実質的宰相の地位にあったマザラン枢機卿の姪で、剣や銃を携える男装の麗人として名を馳せたオルテンシア・マンチーニ等が有名です
    もしかしたら小学生の頃流行した手塚治虫作品『リボンの騎士』のモデルかしら(年齢がばれますね)と思って調べると、宝塚歌劇団の舞台を見てインスピレーションを得てアニメ化されたようです、すべて日本のカルチャーから生まれた名作だったのですね

    徳島県の特産・藍色が鮮やかなその名も藍姫
    梅の花のような形が珍しいウズアジサイ、池の対岸にイタリア風のカフェレストラン
    花が終わった藤棚にクリスタルの簾
    早川を望むテラス近くにライトグリーンの群生

    園内のヴェネチアン・グラス美術館では当時の貴族たちを魅了した、門外不出のガラス工芸作品を見る事が出来ます
    中世ヨーロッパの東西貿易の中心地だったヴェネチア、ガラス工芸の原料が調達しやすい地の利を活かし、職人をムラーノ島に集め育成し、芸術的なガラス工芸品を作り出すことに成功しました
    緻密なレースガラスなどの精巧さと美しさは、現代のガラス工芸の技術者が知見を駆使して再現しようとしても出来ないと言われるほど、ロマンと歴史的価値に満ちています
    ヴェネチアに多大な利益をもたらすガラス工芸の技法は、その技術者達も含め島から出られないよう国の厳しい管理下に置かれていましたが、それでもその職人たちが連れ出され(多分密かに)ヴェルサイユ宮殿の鏡の間を造営したそうです
    人数も12人と分かっているので、ヴェネチアかフランスでしっかり記録が残っていたと思われる映画になりそうなエピソードです、撮影禁止マークを見て撮れないと思ったのですが、後で良く調べるとフラッシュをたかなければOKだったようです
    写真を撮り損ねてしまったのでここには載せられなかったので、ぜひ本物を見に行ってくださいね
    たまたま美術館で国際的に活躍する『アルベルト・デ・メイス』のヴァイオリンミニコンサートを聴くことが出来ました、知り合いの声楽家の方がヨーロッパ留学で石造りの建物でクラシックを演奏すると、その反響の妙で自分の声が急に素晴らしく聴こえて驚いたと語っていましたが、コンサートホールよりも距離も近くこの空間で共有される音楽が素晴らしかったです

    本人の写真はNGと言われたので会場の様子、音楽がますます美しく聴こえました

    中でもご本人が本当に美しい音楽ですと熱く語っていた、ピアニストのロルフ・ラブランドとヴァイオリニストのフィンヌーラ・シェリーの二人のデュオが奏でる名曲『ソング・フロム・ア・シーックレット・ガーデン』
    レクイエムを想わせるメランコリックな音色が、アルベルトさんの力強いビブラートに乗せられて会場に響き渡ると涙する方も、初めて聴いた曲なのですが本家の演奏がYouTubeにupされていたので、ぜひ聴いてみてください

    箱根路の二日目は強羅公園に紫陽花を訪ねてみました、大正時代から既に東京の避暑・別荘地として発展してきた箱根、そこに集う人々の交流の場所として1914年開園し100年以上の歴史があります
    強羅の急斜面を生かして作られた庭園は様々な花が咲き、季節ごとに来園者を楽しませてくれていますが、6月はやはり紫陽花が主役、入口の階段の左右から紫陽花の花が出迎えてくれている様でした

    珍しいツルアジサイ、岩に絡みつくように咲くのでその名の通りイワガラミと呼ばれ食用にもなるそうです

    この時期の一番の見所はローズガーデンから噴水池にかけての小道に、約300株の白い大輪の紫陽花・アナベルが咲き誇るアナベルロード
    アナベルは咲き始めのやわらかなグリーンから純白へと花開き、見頃を過ぎる頃には再び淡いグリーンへと変化する、そのうつろう花の姿がアナベルの魅力のひとつと言われています

    紫陽花は土壌の酸性度によって花の色が変わるので、同じアナベルだと思うのですが、時々ピンク色の花も有ります
    アナベルに似ていますがフレンチレースという紫陽花
    こちらはホワイトクリスマス、ネーミングに花への愛情が感じられます
    まだ薔薇も咲いていました、珍しい青薔薇系のノヴァーリス
    濃い紫が緑に映えます

    公園のお花を観て園内の『一色堂茶廊』(造園を手掛けた当時の第一人者の名前だそうです)へ、ランチの記事はこちらです

    ランチの後は強羅駅から紫陽花お花見列車に乗車しました、大平台まで線路の両側に群生した紫陽花を見ながら走ります

    走りだすと早速白、ピンク、水色の花々
    列車のスピードが速く、シャッターチャンスが難しい
    各駅には鉢植えの珍しい花も
    名前が分かりませんが、可憐な蝶が集まったような紫陽花

    大平台で降りると「あじさいの小径」という散策路が有り、とても背の高い紫陽花が線路際に咲いていて、都会の道端の可憐な姿とは違う生命力を感じました

    大人の背の高さほどの見上げるような花の群生
    こちらは赤とレッドパープルが鮮やかで情熱的な紫陽花
    鉄道ファンが喜びそうな一枚
    箱根登山鉄道の勾配は日本一

    何故箱根にこれほど多くの紫陽花が咲くのかと不思議に思って調べてみると、始まりはとても実用的な目的だったそうです
    河津桜の様に一人の篤志家の情熱がその地域を花の里へと変貌させたようなエピソードがあるのかと想像していましたが、登山鉄道の線路際に盛り土が多く、雨で流されるのを防ぐために幾つかの候補の中から紫陽花が選ばれたという事です
    鉄道のスムーズな運航の為の紫陽花の植栽でしたがその美しい風景が評判になり、シーズン前になると社員総出で草刈りや紫陽花のメンテナンスを行うことで、今では箱根の大切な観光資源となっています
    今回は見られませんでしたが、夜のライトアップで花を鑑賞できる列車も運行されるので、ここでしか見られない美しい景色を是非楽しんで下さい

    旅の終わりに夏の箱根で出会った自然の情景をお届けします

    ユリのように見えますが、何の花でしょう
    道端に咲く野生の紫陽花!?
    十字架の様な白い小花
    この花も名前が分かりません
    ここだけ秋、萩が咲いてます
    秋の七草 ススキ やっぱりリゾート地の箱根も四季がバリアフリー

    今回の旅行で1番驚いたがホテル近くの川のこの景色、何度も箱根に来ていますが初めて会いました、以前強羅に泊まった時、夜になるとウリ坊がいるので、あまり出歩かない様にと言われた記憶が
    ウリ坊は可愛いのでウェルカムなのですが、ウリ坊を連れているママ猪は近づく人を警戒して、かなり威嚇して来て怖いのだとか、この子なら大丈夫そう、箱根はジビエを謳っているレストランも多いので、人間に捕まらないよう速く山へ帰ってね、熊じゃくて良かった(箱根は熊が居ないと信じています)

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